スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

優しくなりたいな (作者:あつこ)

優しくなりたいな 【2】

なぜか隣に住んでいる人とはその後まったく会うことは無かった
クッキーについていたメッセージカードからは筆跡からすると女だろうと考えた

昼夜逆転の生活でもしているのか、それとも恐ろしく存在感が無いのか。
分からないけれどそのくらい僕らは全く会うことも無く、顔も知らぬままだった
だから本当は「篠崎さん」じゃなく「篠崎君」なのかも知れないし「篠崎のおじいちゃん」かも知れないのだ
そんな謎めいた感じがとても面白く、想像力を掻き回し、ついには人物像となって浮かんできた
けれどやっぱり僕の中ではいつでもその人は「篠崎さん」でしかなかった

ベランダに干した洗濯物はまったく女っ気が無く、だからと言って男物でもないようでよく分からない人だった

篠崎、下の名前はなんと言うのだろう
僕がこんなに性別も、顔すら知らない隣人に思いを寄せるのはきっと真弓のせいだと思った
真弓は小学校の頃、駅を挟んだマンションに住んでいて同じクラスだった
ショートカットでソフトボールクラブに入っていて男子ばかりの中一人でボールを追いかけていた
絵が上手で卒業文集のカットを書いたりもしていた
一時期女子から嫌われていたみたいだったがそれもすぐに終わり、またクラスの中心の輪に入っていった
真弓はいつでも正直で明るくって、でも根はマジメでよく笑うやつだった
掃除の時間はいつも早く自分の担当の場所を終わらせて、箒をバットに野球をしていた
俺たちはみんな真弓が好きで、誰もが真弓に憧れていた
それぐらい真弓は人の目を惹き、男女問わず、先生や保護者の人からも愛されていた

足が速くて、絵が上手くて、背が高くて、誰よりも笑って泣いて、感情表現が分かりやすくて。
話しやすくて、誰にでも笑顔で、そうだ、僕自身も真弓が好きだった

中学に入学したらソフトボール部か陸上部に入るといつも行っていた真弓。
うちの学区内の中学はソフトボール部が強いらしいと言ったら目を輝かせた真弓。
「父親の仕事の関係」で突然、卒業式後に引越しをした真弓。

寄せ書きには怖くってたいしたこと、書けなかった
今でも覚えているあのとき書いた言葉「楽しかったです。中学行っても頑張ってね」
今思うともっと、おもしろいこと書けばよかった。あまり仲良くしていたわけでは無いけれどもっと話せば良かった。
彼女は卒業後、何部に入ったのだろうか。
篠崎と、真弓と仲良かった女子が手紙のやりとりをしていたらしいけれど、何も聞くことが出来なかった

篠崎、別によくある苗字じゃないし、かといって珍しい苗字でも無いけれど
僕のこれまで人生で篠崎は1人しか居なかったから、このお隣さんで2人めか、と思った
お隣さんには会ってみたいけれど会ったところで話すこともないし。
単純な興味だけが湧いて僕はその興味を妄想、という行為に移した

ただ、苗字だけが妙に懐かしくって真弓を思い出させた
篠崎、下の名前はなんていうのだろう。
男だろうか女だろうか。若いのか年寄りか。筆跡とケーキの好みだけを抱えて毎日を過ごす

あつこ 著