スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)
スパイダーの悲劇 【29】
<プリシラ>
「お嬢様、きっと大丈夫ですから。」
ルークは私の耳元でそう言うと、私の右手首を掴んで走り出した。夢とは逆だった。夢では闇に向かって走っていた。今は闇から逃げようと
走っている。
足が地面に着いている感じがしない。飛ぶように走っていた。ルークに引かれて。周りの景色も見えないぐらいだった。
息が切れて、何もしゃべれない。心臓がドクドク言っている。それなのに、闇はどんどん迫ってくる。髪が引っ張られたような気がした。
突然、ルークが立ち止まった。私は勢い余って倒れそうになる。
私の足元だけ黄金色の地面が消えて、星空が広がった。
「いや、ルーク!」
「さようなら、お嬢様。」
ルークが私の背中を押して、私は崖から落ちるみたいにして、落ちた。
何も聞こえなくなった。肩越しに振り返ると、ルークが闇に飲まれていくのが見えた。
ドサッ、とベッドに落ちてきた。いや、違う。夢を見ていただけなのかも。
部屋には誰もいなかった。カーテンが開いた窓から日がさんさんと射している。おかしいくらい穏やかな雰囲気。
何かが抜け落ちたような寂しい気持ちもするが、体が軽くなったような気もする。失くしていた大切なものが見つかって、ホッとしたような
気持ちもする。
私はとりあえず着替えながら考えた。あれは夢だったのかな。でも、細かいところまではっきり思い出せるし夢とは思えない。じゃあ、現実
だとしたら、あんなことがどうしてできるの?
「ルークは、あの後どうなちゃったの?」
どういうわけか、わかりきっている。そう思うと、悲しくなるどころか、ただ信じられないのか、放心状態になるのだった。
どこからかピアノの音が聞こえる。聞いたことがある曲。何の曲かしら?
どうもイメージが一つに定まらない曲。だって、弾くたびに変わるんだもの。
「嘘! あの曲だ。」
そう、私がルークに弾いてあげていたあの曲だった。
ミツル 著