スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【28】

<プリシラ>

   「待って!」

    自分でもびっくりするぐらい大きくて、震えた声だった。ルークもびっくりした様子で立ち止まり振り返った。

    丘の中腹辺りにいた。月も星も風も、すべてが息をひそめている。

   「ルーク、聞いてくれる? 私、いつ頃からだったか、よくわからないんだけど、同じ夢ばかり見ていたの。すごく怖い夢だから、眠るのがいやに

   なちゃったくらい。それで、夜中に地下室に行ってみて、あなたに出会えたわけだけど。あなたがお屋敷からいなくなったら、地下室に行く必要も

   なくなったし、眠ってみたら、見なかったんだ、その怖い夢を。その後ずっと見なかった。すっごくホッとした。だから、その夢のことは忘れてた。

   でも、ある時ピアノを弾く機会があって、弾けなかったんだけどさ、その時思い出したの。眠ってないから見たわけじゃなくて、思い出したの。そ

   れでもまた忘れて、そして今日ね、今日、あなたに会えたのは、初めて会った時と全く同じ理由。今日また、あの怖い夢を見て、目が覚めちゃって、

   眠る気がしなくて、廊下に出てみたら、あなたがいた。」

    気づけばルークは手を離していた。元々蒼白い顔がますます蒼白くなって引きつっている。それでも私は話を続けた。

   「その夢は、どういう夢かっていうと、黄金色に輝く穂波の中を誰かに引っ張られて駆け下りていく、っていう夢。とても細い腕に手首をつかまれ

   てね。前の方に黒いモヤモヤが集まって、触手みたいのを伸ばしてくるんだけど……。

    ねぇ、今のこの状況に似すぎていると思わない?」

    私は怖かった。ルークもそうなんだろう。うつむいたルークの肩は小刻みに震えていた。そしてワッと泣きだして、その場にくずれた。前にもこ

   んなことがあった。でもその時はルークは静かに涙を流していただけだった。

    私は腰を下ろして、ルークの手を取った。

   「グスッ、ウッ、お嬢…様……。お許し…くだ…さい。」

   「あの時、もう泣かないって約束したのに。許してあげるから、早く泣き止みなさい!」

    私も泣き出してしまいそうで、それをこらえるのに、ルークを叱るような言い方になってしまった。でもそれぐらいでよかったのかもしれない。

   「アッ、ありがとう…ございます…お嬢様。」

    ルークは拳で涙を拭うと、私の手を握り直して立ち上がった。私も一緒に立ち上がった。ルークは優しげに揺れる穂波のずっと遠くを睨んでいた。

    全身に震えが走った。ルークの視線の先には、夢で見た黒いモヤモヤ、闇があった。

ミツル 著