スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【14】

     <ルーク>

あっというまに朝だった。

お嬢様はここを出ていく前、また僕を哀れむような顔で見ていた。以前にお見せになったものとは違っていたけど。
恐ろしいものでも見たような感じだった。

僕は人から哀れみをかけられるような存在なのか? スパイダーだから?

今まで僕を気にかける人なんて誰もいなかったのに。それは悲しいことでもなんでもなかったのに。

どうしてお嬢様は、僕のところに来てくれるの? 
どうして毎日食べ物をくれるの? 
どうして僕がスパイダーじゃないみたいに振る舞ってくれるの? 
どうして僕にピアノを聞かせてくれるの?

じゃあ、どうして僕はこんなふうに感じるの? おかしいよ、おかしいよ、僕。
最近、お嬢様の前だとスパイダー法が気にならなくなってる。
それでいいのか? 僕はスパイダーなんだぞ。

ダメだ、ダメ。もう考えるのはやめにしよう。
そうだ、そうだ。早く掃除を始めよう。うん、それでいいんだ。

地下室を出て階段をのぼって、廊下を少し行くと掃除用具を置く部屋があって、もう少し行くと厨房がある。そこから掃除をするんだ。

僕が中に入ったって、いつもは誰も気がつかないのに、今日はコック達全員こっちを見た。

        「あ、こいつもいたんだっけ。」

そう言って料理長が近づいて来た。僕はとっさに頭を下げた。

        「おい、スパイダー! 最近どうもパンやらベーコンやらが夜中のうちになくなるのだが。お前何か知らないか?」

さぁ、どう答える。何迷ってるんだ。スパイダーは何も考えずに正直に答えればいいんだ。簡単なことじゃないか。
でも、何かが囁いている。嘘をついてしまえって。

        「どうした? さっさと答えないか。」

        「……存じません、料理長。」

やってしまった。お嬢様と出会う前の僕なら正直の答えて、お嬢様の名前まで出しちゃってさ、僕は鞭でもって引っぱたかれ、お嬢様はしばらく

部屋から出してもらえないとか、そういうことになるんじゃないかな。まぁ、ここで嘘がばれても同じことだろうけど。
でも、お嬢様のことは秘密にできるかもね。

        「確かに、スパイダーにそんなことをする度胸があるとも思えないが。」

料理長は踵を返して調理台に歩みよりながら、ブツブツつぶやいた。

        「やっぱり、厨房の鍵をドアノブに引っ掛けるというのはやめにしよう。」

僕はやっと掃除を始めることができたんだけど、みんないつもと違って僕の存在をわかっているし、やっぱり疑っているのか、足を引っ掛けてきたり、わざと床にものをこぼしたりさ。
そのたびに「スパイダー、料理の邪魔すんじゃねぇ!」って怒鳴られるし。それで、その辺にあるもので殴られたりする。
別に平気だけどね。この屋敷に来たばかりの頃は毎日こうだった。

やっと終わったと思って出ていこうとしたら、

        「おら、ここまだ汚れてんぞ。サボんないでちゃんとやれ。」

まったく普段はキレイに使ってほとんど汚さないくせに。行ってみると卵が数個、当然グシャっとつぶれて落ちている。もったいないことをする。

早く片付けてしまおうと思った時、足をすくわれて僕は卵の上に倒れこんだ。

起き上がろうとすると、何かが降って来た。すっごく熱いもの――ついさっきまで火にかけていたであろう油。ジュッ、ジュッという音がした。さすがに熱いとは思ったけど、叫び声を上げたりはしなかった。スパイダーは我慢強いのかもね。次の瞬間には水を浴びせられた。火傷したら冷たい水をかけるのがいいんだろうけど、体全体びしょびしょになったから、見るも情けないだろう。

しかし、こういうことをする連中は相手が泣き叫んだりしないとおもしろくないわけだ。その後僕はたくさんの蹴りをくらった。

ミツル 著