スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

フェイクファー (作者:朱音)

フェイクファー 【2】

四畳半一間の狭いアパートの中で、彼女の温もりだけは真実だった。
僕は彼女との未来がずっと続いていくことを望んでいたけれど、
その反面どこかで終わるという諦めも、抱いていたのだと思う。
いつもどこかでアンテナを立てて耳を澄まして、別れの気配を察知しては怯えていた。
漠然とした不安が常に付き纏っていたのは、何もかもが曖昧だったからで、
どれを信じたらいいのか判らなかったからだ。

僕は現実と夢の間を泳ぎきることができずに、
彼女に縋ることで自分の存在に意味を見出そうとしていたのだと思う。
夢を追いかけることを選ぶこともできないことを知って、
あるはずだと信じ続ける自分の個性を掴みたくてひたすら足掻いていた。
いい加減な世界で生きていればいつかはすべてが消えてしまいそうな気がして、
心地よい虚実の中に溶け込む方が、よっぽど楽に日々を過ごせると知ってしまっていたから。


その頃の僕は何もかもが中途半端だった。
高校の頃には必死に勉強して、上京するためにそこそこの大学に入った。
考えてみたら高校の頃の方が、大学に入るという明確な目標を持っていたから、
上京したてのあの時期の腐った僕よりはましだったのかもしれない。
望んで入った大学の中で、これと言った目的を見つけることができなかった。
部活もやらずに、遊びたいからと言う理由でなんとなく接客業のアルバイトをした。
単位を取るためにはちゃんと勉強もしたけれど、そこまで忙しくないと言ってしまえばそれまでだった。
まだ進路なんかも殆ど考えないでいい時期だったから、
酒飲んで遊び呆けて、縛り付けられていた実家からも出たから自由を手に入れた。

そこから何を生み出すことができるんだろう。
出口の見えない迷路の中に閉じ込められているみたいな息苦しさを時折感じた。
ただ毎日がなんとなく過ぎ去っていって、
朝目覚めたら必ず夜が来ることを身近に感じ、そしてまた朝が来ることが退屈だった。
大学生活は心から楽しいと思っていたけれど、これでいいのかって巣食う不安が消えなかった。


彼女に出会ったのはそんなときだった。
彼女は同じアルバイト先で一緒に働く同僚だった。
他の仲間と同じように一緒に仕事をして、たまに雑談をしたりして、
でもそれ以上でもそれ以下でもない、僕にとってはただの同僚だった。
実際僕は、多分彼女のどこもかしこも印象に残ってはいなかった。
だけど彼女は僕を気に入ってくれたらしく、彼女が僕に告白をしてきたから付き合った。
好きだとか嫌いだとかそんなのは二の次で、彼女がいるという立場に優越感を感じている部分もあったはずだ。
退屈を紛らわして欲しくかっただけだった、だって僕は、彼女の名前すら殆ど意識をしていなかったのだから。

朱音 著