スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

フェイクファー (作者:朱音)

フェイクファー 【1】

浮上させてくれる存在をがむしゃらに求めていた。


自分の心が汚れていると思ったのは、僕の心が尖っていたからなのかもしれない。
『自分は汚れている』、そんな言葉の響きに憧れていただけなんだろう。
もしかしたら過去の僕は、“純粋な心”を失くすことに憧れていたのかもしれない。
訳もなく胸騒ぎがして、これから呑み込まれて行く未来の影に怯えてしまっていた。
本当は、まだその姿を目に捉えることすらできていなかったというのにね。

見えない獲物に狙われているような錯覚に陥っていた。
作り出した闇の向こうが見えなかったから、
自分が置かれている状況を勝手に闇の中だと思い込んでいた。
そんな時期に彼女に出会い、身勝手な孤独を抱える僕を包み込んでくれた。
それは春の匂いが冬のつめたさを覆い隠してくれるようだった。


触れ合うことの悦びを教えてくれたのは彼女だった。
心を預けるのは楽だったし居心地が良かった。
依存と呼べる感情だった、愛とか恋だとかそういうのよりふさわしい言葉は。


彼女はいつだったか、僕にぽつりと零した。
「私はあなたのことが好き」
「だけどあなたは誰よりも、一番自分を大事にしている人」。


彼女は哀しそうに微笑んで、だけど僕にとってはとても綺麗な笑顔だった。
哀しさこそがその美しさを引き立てるのだとしたら、
彼女が内に秘めた憂いの濃度は、とても高かったのではないだろうか。
それくらいならその頃の僕にも、気づかないはずはなかったのに。

それなのに僕は、彼女の中に踏み込むことが怖くてできなかった。
僕は彼女を腕の中に閉じ込めると、ひとつの返答を返した。
「じゃあ俺が自分よりも君のことを大事にしたら、君は俺の傍にずっといてくれる?」

真剣な顔で言葉を与えてはいたけれど、解き放った回答は逃げの他にならなかった。
僕の言葉を聞いた彼女はぷ、と口元を押さえて噴出して、
そして冷めた目線を向けることなく、優しい笑顔のままで僕にこう告げた。
「どこまでも身勝手な人ね」


柔らかな、包み込んでくれるような優しい眼差しだった。
言葉だけを取り出してみたら酷い暴言だったのだろうけれど、
彼女があまりにも明るい笑顔でそう言うので、
僕は彼女のどこまでの言葉が真実なのかがわからなくなった。
精一杯察することができたのは、今の彼女の心境を追求したら、
僕と彼女との関係が壊れてしまいそうだったと言うことぐらいだった。
壊れることを恐れるあまり踏み出せないという事実は、確かな過ちとして残った。

朱音 著