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春風チェリー  [作者:すず]

■3

「はるちゃん、今日学校終わったあと、ケーキ食べに行かない?この前、話してくれたお店に。」
「うん、いいねぇ。行こう行こう。」

高校に入って一ヶ月が過ぎた。あたしとかの子ちゃんは、すっかり仲良くなった。
かの子ちゃんの他にも友達は出来たけど、一緒に帰るのも、おしゃべりをする回数も、かの子ちゃんが一番多い。

あたしとかの子ちゃんには、共通点がたくさんある。
ひとつは、噂話が嫌いなところ。

新しい友達の、真由子やミサちゃんも、とっても良い子なんだけれど、噂話をするのが好きだ。
あの子はあそこの高校に彼氏がいるらしいよとか、先輩があの子を気に入っているらしいよとか。
他のひとの噂話に、あたしはまるで興味が無い。
といいつつ、泰くんの噂話が出たら聞き耳を立ててしまうのだろうけど、今のところそれはまだない。
ある日、いつものように、真由子たちが、他の子の彼氏がどうのこうのと話をしていた。
あたしは、それを興味があるような顔で聞きつつ、気持ちはうわのそらだった。
その時、ふと、かの子ちゃんを見た。いつものように、にこにこ笑っているけれど、笑顔がいつもと違う。
真由子の話を聞いていないということに、あたしは気づいた。
真由子とミサちゃんは、そのことに気づいていないようで、話をどんどん続けている。

真由子たちと別れた後、かの子ちゃんに、話を聞いていなかったでしょ、と言おうとしたら、かの子ちゃんがあたしに言った。
「はるちゃん、さっきの真由子の話、聞いてなかったでしょう。」

あたしはびっくりして、笑った。
やだなぁ、かの子ちゃん。あたしも、それ言おうと思ったんだよ。かの子ちゃん、話聞いてなかったよねって。

それを聞いて、かの子ちゃんも声を出して笑った。

あたしは、うわのそらな気持ちを完璧に隠していたと思っていたのに、かの子ちゃんにはお見通しだったのだ。
かの子ちゃんも、自分では完璧だと思っていたらしいけど、あたしに見透かされた。
その事実がおかしくて、とてもまぬけで、あたしたちはずっと笑っていた。

他にも、マヨネーズが嫌い、しりとりが好き、珈琲が飲めない(でも、珈琲牛乳は好き)、などなど。
かの子ちゃんとの共通点をひとつ見つけるごとに、あたしは嬉しくて、かの子ちゃんを好きになっていった。
もちろん、全ての趣味思考があたしと同じというわけではないけれど、それはマイナスではない。
違いを見つけることで、またひとつかの子ちゃんを知ることができたなと思い、嬉しくなるのだ。

「ケーキ、楽しみだなぁ。こっちに住み始めたばかりだから、どこのケーキ屋さんが美味しいのか知らなくて。」
今日は、あたしのお気に入りのお店に、かの子ちゃんと一緒にケーキを食べに行く約束をしていた。
日当たりのいい窓際が、あたしの指定席。白木の丸いテーブルの真ん中には、グラスに小さな白い花が挿してある。
窓ガラスの向こうには、5月の明るい空が広がっていた。

「ここはね、チーズケーキがおいしいんだよ。でもシフォンケーキも絶品なんだよー。」
「でもほら、このフルーツタルトも、チョコのもおいしそう。迷うねぇ、これは。」
色とりどりのケーキの写真が載ったメニューを見ながら、あたしたちははしゃいだ。
真剣に迷った末、あたしは紅茶のチーズケーキを、かの子ちゃんはチェリーのケーキを選んだ。

銀色のフォークで、ケーキの端を小さく切り取る。
ひとくち食べると、アーレグレイの香りとチーズの滑らかさが、あたしの口の中でとろんと広がった。
「んー。おいしーい。」
あたしもかの子ちゃんも、幸せで笑いが止まらない。
お菓子はダイエットの敵、からだに良くないなんて言うけれど、こんなに幸せな気分を運んでくれるこのケーキが、
あたしにとって良くないものとは、到底思えない。
かの子ちゃんのチェリーのケーキも、甘酸っぱくてとても美味しかった。
つやつやに光っているチェリーと、ふんわりした生クリーム。
女の子らしくて、可愛くて、まるでかの子ちゃんみたいなケーキだなぁと思った。

「今日、真由子たちも誘ったんだけどね、二人ともデートなんだって。」
アッサムの紅茶をすすりながら、かの子ちゃんがそう言った。
「あ、そうなんだね。真由子もミサちゃんも、彼氏いるからしょうがないかな。」
真由子もミサちゃんも、この一ヶ月でさっそく彼氏ができた。二人とも可愛いし、積極的だから男の子に人気がある。

「かの子ちゃんは、彼氏いたことあったの。」
あたしは、かの子ちゃんに聞いてみた。
そういえば、あたしたちは恋愛の話をしたことがなかった、ということに初めて気がついた。

「うん、いたよ。」
さらりと、表情を変えずに、かの子ちゃんは答えた。
こういうことは、照れながら答えるものだと思い込んでいたので、かの子ちゃんの態度は、ちょっと意外なものだった。

「へぇ、どんな人だったの?同い年?先輩?かっこよかった?」
立て続けにあたしは質問を投げかけた。

「隣のクラスだった子。かっこよかったのかはよく分かんないけど、なんかね、色気のある子だった。」
そう言って、かの子ちゃんは、ぽってりとクリームのついたチェリーを口に入れた。

「色気のある子」ということばに、どきりとした。あたしが自然にその言葉を口にすることは、まずないだろう。
かの子ちゃんから発せられたその響きは、いやらしい感じはしなかったし、わざとらしくもなかった。
かの子ちゃんて、もしかして、あたしよりもずっとオトナなのかもしれない、という気がした。

「そうなんだ。かの子ちゃん可愛いからもてるでしょ。」
あたしがそう言うと、かの子ちゃんは目を大きく見開いた。
「全然だよー。可愛いなんて言われたことないよ。
もてるのは、真由子たちみたいな、明るくて話しやすい子だと思う。」
確かに、男の子たちに人気があるのは、明るくて、よく笑って、おしゃれで、ぱっと目立つ子たちだ。
「人気がある子」の話になった時に、かの子ちゃんの名前が出たことはない。(もちろん、あたしもだけど。)
かの子ちゃんは、自分から積極的に男の子に話しかけることはしないし、みんなの中心にいるというよりは、はじっこで話を聞いているタイプの子だ。
あたしはそういうところが好きなんだけど、男の子は、もっと分かりやすい子が好きなのかなぁと思う。

「それよりさ、はるちゃんは、好きなひといないの?」

好きなひと。そのことばを聞いて、あたしの心臓は、どきっと高鳴った。

あたしの好きなひとは、3組の高尾泰宏くん。
そのことを言おうかなと思った。でも、男の子とつきあった経験も無いし、あたしの恋愛経験は、泰くんへの片想い、ただそれだけだ。
かの子ちゃんに比べると、あたしはまだコドモなのかな。
そんな風に、妙な劣等感みたいなものをいだいてしまったので、言うのをためらった。

「今はいないよ。」
あたしは嘘をついた。ちょっと胸が痛んだけど、いずれ話すことになるだろうから、今はいいかなと思った。
「そっか。できたら教えてね。」
かの子ちゃんは、いつもと同じ笑顔で微笑んだ。

あたしはまだ、かの子ちゃんに泰くんを紹介していなかった。今度、紹介してみよう。
あたしが好きな二人が、もし仲良くなってくれたら、それはやっぱり嬉しい。

あたしは、恋愛相談を友達にするのが苦手だ。
いつも自分の心の中に閉じ込めて、そこで悩んだり、迷ったり、喜んだり、泣いたりしながら生きてきた。
泰くんへの片想いも、誰にも話したことは無い。

でも、かの子ちゃんには話したい。恋愛のことも、自分のことも、何でも話せる日がくるといいな。
暖かい窓辺で、おいしそうにケーキを食べるかの子ちゃんを見ながら、そう思った。



↓目次

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