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春風チェリー  [作者:すず]

■2

相川 はる。
この名字のおかげで、あたしの出席番号は、毎年一番だ。
席は必ず、窓側の一番まえ。話しかける相手が、右側の子と後ろの子しかいないから、友達づくりに出遅れるなぁ、といつも不満に思う。
あたしの右側の子は、その隣の子と同じ中学だったらしく、盛り上がっていて話しかけるスキがない。
これまた不利だよなぁ、と不満に思う。

そして、あたしの後ろの席の子。

甘粕 かの子。

昨日の入学式で、「よろしくね。」とだけ、挨拶をした。お菓子みたいな名前が似合う、可愛らしい子だなというのが、第一印象だ。
知らない子に話しかけるのは、いつだって緊張する。
でも、話しかけられてイヤな子はいないよね。自分にそう言い聞かせて、勇気を出して挨拶した。

「おはよう。」

あたしの声に、その子はゆっくりと顔をあげた。
茶色っぽくて、胸のあたりまであるふわふわの髪。つるんとした白い肌。色素の薄い、まぁるい瞳。
昨日初めて会った時も、可愛い子だとは思ったけど、こうして改めて見ると、やっぱり上品な顔をしている。

「おはよ。」

優しく微笑んで、その子も挨拶を返してくれた。話しかけてよかった、とあたしは思った。

「あまかすって、変わった名字だよね。中学はどこだったの?」
その子の笑顔に少し緊張がほぐれて、あたしは話を続けた。

「あ、私、県外から来たの。甘粕は、地元でも珍しい名字だったよ。」
「へぇ、県外からなんだ。じゃあ、まだこっちに来たばっかりなの?」
「そうなの。こっちに友達もいなくてね。不安なんだよね、まだ。」
「そうなんだー。あたしも同じ中学から来た子が全然いなくてさ、心配だったんだよー。」

お互いに知り合いがいないということが分かって、あたしたちは一緒にお昼を食べる約束をした。
「よかった、私も話しかけようかなと思ってたの。はるちゃん、でいい?」
照れた感じで笑うその子を見て、この子と仲良くなれそうだな、というよりも、仲良くなりたいな、と思った。
「うん、よろしくね。」

あたしたちはお互いを「かの子ちゃん」「はるちゃん」と呼ぶことにした。
新しい友達が出来そうでよかった。
あたしは決して、心配性でも、人見知りするたちでもないけれど、新しい環境に不安を感じないわけではない。
かの子ちゃんのおかげで、この新しいクラスにもなじめるかな、という気がしてきた。

帰り道、川沿いの歩道を、あたしは一人で歩いていた。
水面にきらきらと反射する光がまぶしい。暖かい風が、首すじをさぁっとかすめていく。
春夏秋冬、どの季節も好きだ。夏のぬるい夜風も、秋の枯葉を踏む感触も、冬の朝の白い息も。
それでもやっぱり、春のきらめきは格別だ。世界ってこんなに輝いていたっけ、と思うほど。

中学の友達の顔を思い出して、懐かしくなったり、切なくなったりすることもある。
だけど、この柔らかい風や、桜の花や、さわさわと揺れる草の音たちが「大丈夫だよ」と励ましてくれているような気持ちになる。
春が暖かくてよかった。
暖かい春が、生活の変わり目でよかった、とあたしはしみじみ思う。

その時、あたしのちょっと前を歩く泰くんを見つけた。
小さい時から、ずっと見ている泰くんの後ろ姿。
ひょろひょろとした背中に、長い足。
細身で、ちょっと頼りないけれど、やっぱりあたしはどうしようもなく、この後ろ姿だって好きなのだ。

「泰くーん。」

大きな声でそう呼ぶと、泰くんが振り返り、あたしを見つけて笑いかけた。

幼稚園の園服、小学校の体操着、中学校の学ラン。
そして、今はブレザー姿の泰くん。まだ着慣れていない感じがして、見ていてくすぐったい。
あたしも、セーラー服姿の自分のほうがしっくりくる。借り物の衣装を着ているみたいで、照れくさいのだ。
この制服が、あたしたちになじむのはいつかなぁ、なんてことを、ぼんやり考えた。

「泰くん、8組はいい感じ?友達できた?」
「うん、まあまあかなぁ。サッカー部入りたいやつがいてさ、一緒に仮入部することにしたよ。」
「へぇ、またサッカー部入るの。すごいねぇ。」
「すごいって何だよー。そりゃキャプテンになればすごいけど、ただ入るだけなら誰でもできるぞ。」
「はは。あたしは運動苦手だからねぇ。まず入ろうと思うだけですごいんだよ。」

それからも泰くんは、楽しそうに、新しいクラスの様子や、友達のことを話してくれた。
それを聞きながら、あたしもその中にいたかったよ、と思ったけど、それは心の中に隠しておいた。
一緒に歩けるだけで、今はじゅうぶん幸せだ。

こんな時に、桜の花びらでも散ってくれたらロマンチックなのにと思うけれど、ここの桜はまだ散る気配は無い。
その代わりに、午後の暖かい太陽と、優しい風があたしたちを包んでくれている。

これからどんな暮らしが始まるんだろう。本命だった高校に行きたかったのはもちろんだけど、ここでの高校生活だって、決して捨てたもんじゃなさそうだ。
あたしは、新しい生活が、楽しいものになるような、そんな予感がした。

 



↓目次

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