スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

愛のことば3 (作者:さなぎ)

愛のことば3 【4】

走れば、1時間程で林に入る。
そして何時間かで国境にぶつかる。
国境には兵がいるけれど、条約により西国には入れないことになっているから、上手くすり抜けられれば平気だろう。

「・・・本当に逃げようとするなんて、思ってもいなかった・・・。」

彼女がぽつりとつぶやいた。

「もし、一緒に平和なところへ行けたらいいなって思ってただけだったのに。希望が現実になりつつあるなんて・・・。」

そう言った瞬間、後ろの方で爆発音がした。ふりかえると、僕たちのいた町の方向だった。よく見ると、飛行機が何機もいて、なにか落としていっている。それが落ちるたびに小さな爆発が起こる。
空からその場所へ落ちていっているのは、前にも見たことがある。ペットボトルのような形の爆弾。それが何個も落ちてきて、町が焼かれていくのだ。

「・・・空襲・・・」

「きっと、あそこよね・・・。私達が、いた町・・・。」

「うん。」
爆弾を落とした飛行機は、僕たちの方へ向かってきているような感じに見え、そして町は燃えていた。
夕暮れ時で、もう暗くなりかけているのに、町のところだけは赤く、そしてオレンジ色の炎と煙に包まれていた。
前はあれほど大規模ではなかった。・・・死者も、増えるだろう。

生まれ育った町が、知っている場所が、幼い頃遊んでいた場所が燃えていく。

彼女は、隣で泣いていた。声を殺して、気配を消すようにして静かに泣いていた。

僕も、辛い。
何も言わず、僕は彼女を強く抱きしめた。びっくりしたようだったけれど、すぐに声をあげて泣き始めた。
どれくらいそうしていたのか分からない。そして、どちらからともなく西国のほうへ歩き始めた。

「・・・あの町は、私にとって、ひとつしかない故郷よ。」
「僕にとってもそうだよ。」

「今は皆、戦争のために精神的に疲れているけど、前はいい人たちで、いい友達で。」
「うん。」
風向きが変わって、後ろから風が吹いてくるようになった。その風が、焦げ臭いにおいを運んでくる。恐らく、空襲で焼けたもののにおい。

「・・・焦げ臭いにおいがするね。」
「そうね。」

また、彼女は目に涙をためていた。

「・・・まだ小さかった頃、中心にあった広場でね、友達とよく遊んだわ。あなたも覚えているでしょう?追いかけっことかしたり。」
「そうだね。ちゃんと覚えてるよ。」
「学校に行き始めたらね、寄り道したり、くだらない話で盛り上がったりして帰りが遅くなってよく怒られた。あとは、友達と映画見に行ったりして。
・・・すごく楽しかった。そのときはそんな時間がずっと続くと思ってて・・・。
でも、そうじゃなかったんだね。いつか、そういう時は終わるんだね。
・・・宝物よ。あの町で過ごした時間。友達と過ごした時間。くだらないことでも何でも・・・。」

「・・・忘れないようにしよう。その日々を。」
そんなちっぽけなことしか言えなかった。



多分、もう少しで国境だろう。
そのすぐ先には町がある。そこで休んで、もっともっと遠くへいくんだ。
すみなれた町からどんどん離れていくのは悲しいけど、そうすることでしか、身の安全は保障されない。

そう思っていたら、前方に小さな明かりが見えた。
・・・家か?でも、国境は越えていない。
目を凝らしてみたら、それが何か分かった。
兵隊達の、明かりだった。

・・・どうすればいいだろう・・・。このまま行ったら、きっと捕まる・・・。

さなぎ 著