スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

桜並木のルルルララ (作者:野谷蔦けい)

桜並木のルルルララ 【8】

がくりと頭が縦に鋭く揺れる。

 視界が一瞬暗転したあと、木製のテーブルの焦げ茶と木目がぼくの視界を占
領していた。窓から差し込む
やわらかな日差しがリビングのぼくの顔を照らし、スズメだろうか、外からは
小鳥のさえずる声が忙しなく聞こえてくる。

 だんだんと意識がはっきりしていき、自分がテーブルに肘を付いていること
にぼくは気がついた。
前屈みだった姿勢を直し、背もたれに身体を預けると身体のどこからか、ぱき
りと音が鳴る。

 しばらくの間、ぼくは腕を組んだまま、呆然と座っていることしかできな
かった。緩慢な動作しかしてい
ないはずなのに、その振動を耳で感じ取っているような気がするほどにぼくの
心臓は鼓動を続けている。

 今まで見ていた真紀の顔や桜の花が過去の話で、ぼくの脳内に映し出された
夢だと、ぼくはなかなか理解する
ことが出来なかった。それほどまでに、真紀の笑顔は色あせることなく、ぼく
の記憶に残り続けていた。夢の中の
ぼくの感情が現実のぼくにも、そっくりそのまま引き継がれてしまっていた。

 真紀の笑顔を見るとこみ上げる感情の意味を今になってぼくは理解した。頭
の方はすっかり覚めていたが、
行き場をなくしてしまったぼくの心のざわめきは、どうしようもなく、燻り続
けることしかできない。

 室内にいるぼくの顔を不意に何故か風が撫でていった。

 出窓が少し開いていることに気づき、ゆっくりとぼくは椅子を立ち上がる。
ぼんやりとした頭で歩いていき、
ぼくはそっと窓を閉じた。

 窓から差し込んだ暖かな光がぼくの顔を照らしていた。どこから飛んできた
のか、窓の外を桜の花びらが風に
吹かれて飛んでいくのが見えた。

 カレンダーに目をやる必要もなく、現実のぼくが今いる季節も春に違いな
かった。

 ただ、夢と異なるのは、ぼくが四月からは高校二年生になってしまうこと
だった。真紀と最後に会った桜祭りからは、
もう一年もたってしまっていた。

 そういえば、桜祭りは明日、開かれる。

 テーブルに置かれていた、ぼくが居眠りする前までめくっていた、ファッ
ション雑誌がふと視界に入る。

 窓から入り込んでしまったのだろうか、見開いたページに写る男性モデルは
頭に桜の花びらをかぶったまま、
したり顔でポーズを決めている。花びらを親指と人差し指でひょいと摘み上げ
て、陽の光に透かしてみた。

 ぼくの性格を淡泊で気まぐれだと真紀が言ったことを、ぼくは思い出してい
た。

 真紀がぼくに向ける屈託のないひとつひとつの仕草が、ぼくの心をざわめか
せていたのは確かなことだった。
どうせ気まぐれに違いない、そう決めつけて終わってしまったあの感情は、今
思えば明らかだった。

 光にかざされた花びらの色は、白というよりも、赤みがかった、淡いピンク
に近い色をしているように、今のぼくには見えた。

野谷蔦けい 著