スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

桜並木のルルルララ (作者:野谷蔦けい)

桜並木のルルルララ 【7】

ラムネで口を濡らしてから割り箸を縦に割り、ぼくも焼きそばが詰まった
パックに手を伸ばす。

「桜の花言葉」

「優れた美人なんだろ。お前の傲慢な発言のおかげで、一生覚えていられそう
だ」

「桜の花言葉って他にも色々あるんだよ。淡紅とか白花とか、花の色とかでも
違ってきたりするらしい」

「どんな意味なんだ?」

「興味もった?」

「まあ、ちょっと」

「白花の桜は『淡泊、気まぐれ』だって。これはあんたにぴったり」

「はいはい。他ならぬ真紀さんがいうのだから、俺は淡泊で気まぐれなんだろ
うねえ」

「拗ねちゃった?」

「いいや……で、淡紅のほうは?」

「淡紅の桜の花言葉にはね、『永遠の愛』って意味があるんだって」真紀は
ちょうど足下にあった石ころを
蹴り飛ばしてから、中空に向かって呟くように言った。

「その辺の花びらをたくさん集めて封筒に突っ込んで、一筆添えて、親父に送
りつけてやろうか。
嫌がらせで」

「おばさん、大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。あんな浮気男こっちから捨ててやるから、って言ってた
し」

「そうかあ」

「うん」

「お前の方は……大丈夫なのか?」

「ん……まあ、大丈夫」

「そうか」

「……うん」

「ねえ、修一」

「んー?」

「長崎にもさ、桜の花は咲くのかなあ」

「咲くだろ。同じ日本なんだし」

「そうだよね。同じ日本なんだもんね」

 耳を澄ましてみれば、鳥の歌声が聞こえてきていた。桜の木は勿論のこと、
地べたに咲く名前も知らない
雑草でさえも、きらびやかな花をつけている。大通りの喧騒からは離れたこの
ベンチからは鈍感なぼくにでさえ、
普段なら気にもかけないような春の色音を感じ取ることができる。

 明日には別れだというのに、くだらない雑談ばかりとめどなく続いていた。
真紀と顔を合わすこともない、
これから新しく始まる高校での生活を今更ながらに、ぼくは思っていた。

「でもさあ、やっぱり、永遠の愛なんてロマンチックだよね」

 そう言って真紀は焼きそばのパックの横に落ちていた花びらを拾い上げ、一
通り観察し終わると普段と変わりなく、
にやりとぼくに笑いかけた。

「そうだな」と、生返事をしてから、ぼくは空を見上げることにした。

 どこまでも続いていくような青空の下、桜の花びらがひらひら舞い降りてい
く。

 遠くから聞こえる花見を楽しむ人々の話し声。
 
 ペンキが剥げて薄くなってしまった水色のベンチ。
 
 茶色でゴツゴツとした桜の幹。
 
 食べ終わった焼きそばのパックから漂うソースの残り香。
 
 差し込む日差しも、頬をなでる風も、すべてが暖かく、やたらとぼくたちに
優しかった。

 あたりまえのように毎年必ずやって来るようで、もう二度とやって来そうに
は思えなかった。そんな狂おしいほどに
花が咲き誇る風景の中心で、リンゴ飴をかじる真紀の横顔がぼくには妙にまぶ
しく、輝いて見えていた――。

野谷蔦けい 著