スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【24】

<プリシラ>

    それにしても、あの夢……。

   「プリシラ、どうかしたの?」

    夕食の時だった。隣に座るダイアナが突然言う。

   「え? 何が?」

   「プリシラはよくぼんやりしてるけど、今のはちょっと変だったから。」

   「ちょっと変って?」

   「なーんとなく変、ってこと。」

    そういうダイアナが変、って言って笑い合ったけど。確かに変だろう。

    ピアノを前にしてあの夢を思い出した時はぞっとした。あの夢のことは忘れていたのだ。夢なんて毎日見なければ忘れてしまう。今日寝て、見ちゃ

   ったらどうしよう……。ただの夢なのに、すごい不安だ。それくらい怖い夢。




    私が聖フローラ修道院に来たのは2年と半年前くらいだったっけ。もっともっと昔のことのように感じる。

    その間に、私より前からここにいた子は、出て行くことになって(どこに行くかは知らないけど)、新しい子が来る。やっぱりスパイダーと仲良く

   していたという子が。私とダイアナが、子供達の中で、最年長になっていた。いずれ私にも、ここ出て行く日が来るのだろう。そしたら、お屋敷に帰

   って、多分いい結婚相手を探すんだろうけど。そんなのどうでもいいけどさ。

    「白馬に乗った王子様」に憧れたこともあったけど、今はそうでもないというか。私も大人になったというか。将来のことなんか考えられなかった。

   ここにいたら、誰だってそうなるよ。毎日同じことの繰り返しなんだから。……そう思っていたんだけど。

    夜中に目が覚めた。いや、目を覚ました。あの夢から逃れるために。

    どうしてよ。忘れてたのに。なんで今になってまた……。心臓がバクバクしている。汗もびっしょりで気持ち悪い。

    周りを見ると、ダイアナも他の子達もみんなスースー眠っていた。

    もう1回眠るなんて無理だった。私は深呼吸をして、みんなを起こさないようにして、窓際に行った。

    外を見ると、夜空に満月が浮かんでいた。雲一つなく、星が静かに瞬いている。目線を下にやると、お庭の花が風に揺れていた。お月様は冷たい青

   じゃなくて、黄色く光っていた。

    私はちょっとの間、お屋敷にいた頃、それもルークに会う前に戻った気がした。

   「ルーク……。」

    私はルークのことを想っているけど、ルークは私のことを想ってくれているかしら? 私がルークのことは忘れろって言われたように、ルークも私

   のことは忘れろって言われたんだろうな。いや、私よりもっとひどいだろうな。無理矢理忘れさせられるんだろうな。じゃあ、会えた時、私ってわか

   るかな。私もルークだってわかるかな。

   「あーあ、悲しいこと考えちゃった。」

    一目見てわからなくたって、ちょっと考えればわかるわよ、うん。

    私は自分のベッドのところに戻って、ふと思った。そうだこの修道院の中を探検しよう。ここは広くて、未だに知らない部屋があるんだもの。

    寒いから何か羽織っていこうと思って、自分のクローゼットを開けた――。

   「あ、これ。」白いブラウスとピンクのスカート。「懐かしいなぁ。」

    もう着れなくなっちゃったみたいだけど。

    例のブラウスとスカートを戻して、肩にショールを引っ掛けると、私は静かに部屋を出た。

    あの夜の記憶が鮮明に蘇ってきた。あの時はロウソクを持っていたっけ。あの夜は眠りたくなくて地下室に行こうと思った。今もほとんど同じ状況。

ここには地下室なんてあるのかしら?

ミツル 著