スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

僕のギター (作者:朱音)

僕のギター 【3】

「健吾?」

仕事帰りの疲れた身体を引き摺って歩く帰り道、なんだか聞き覚えのある声が聞こえた。
後ろから名前を呼ばれて振り向いたら、かつてのバンドのメンバーだった弘樹がいた。
5年も前の話になるけれど、でかい身長に似合わずくりくりとした犬みてえな目は変わってない。
驚いて「あ、」と思わず目を丸くしてしまう俺に、「久しぶり」と言って弘樹は笑う。
その笑顔も、あの頃と全く変わっていないものだった。

「今、仕事帰り?」
「あーそう。おまえも?」
「そ。ようやく解放されたー」

んー、と伸びをして、天を仰ぐように弘樹は空を見た。
つられてなんとなく俺も夜空を見ると、雲で覆われているのか月も星も見えず、
ああ雨が降りそうだな、傘持ってきてねえな、なんてことを思った。
まぁいざとなったらコンビニ駆け込んでビニール傘でも買えばいいんだけど。

「久しぶりに会ったんだしさ、飯でもどうよ?」
「わり、俺には最愛の嫁さんの作った手料理があるから」
「あーそうですか、マジうぜえなおまえ」

俺が誘うと満面の笑みで惚気られたので、ち、と聞こえるようにわざと大袈裟に舌打ちをする。
弘樹はそんな俺にめげることもなく、寧ろさっきより幸せそうに笑い飛ばした。
「わりーわりー幸せなもんで」・・・人の状況知ってんだったら尚更ムカつくな、こいつ。
むすっとした顔をしていると、「怒んなよー」と、ぽん、と背中を叩かれた。
あのときの光景がフラッシュバックしそうになった。


弘樹の掌の感触は、あの頃のものと全く変わっていなかった。
変わってない大きな掌があのとき置いてきてしまった夢を思い出させようとした。
過去が心を駆け抜けなかったのは、俺が必死でブレーキを掛けたからだ。
そうしなければ、不安定の波に飲み込まれちまうんだろう。
一瞬にして思い出が心をちらついて、嵐のように心が乱されそうになったから、
「やめろよ」と思わず弘樹の手を大袈裟に振り払ってしまった。
弘樹の驚いたような顔が目に入ったから、素直に謝った。

「・・・わり、」
「いやいいんだけど、吃驚した」

完全な八つ当たりだとは自覚している。
ばつが悪そうな顔をした俺に、弘樹は苦笑いを返した。
気まずい空気が流れそうになったから話題を逸らそうと、「こっち方面?」と訊いたら頷かれた。
そのまま図体がでかい弘樹を先導するように前を歩き始める。

朱音 著