スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

僕のギター (作者:朱音)

僕のギター 【1】

世界に届く音なんて、奏でることなんてできない。
俺の中に鳴り響く音楽なんて、自分を中心とした円をぐるりと描き、
許容範囲に納まったすぐ近くにいる相手を見つめることができる、
そんな程度の距離にしか伝わらないくらいの力しか存在していない。
ほんの一握りの、身近な人々にしか伝えることは出来ない。

俺は俺の限界を知っている。
限界を作って逃げたことも知っている。
その限界は自分が勝手に作り出したものだと言うことも知っている。
限界と言う名のバリアを張るのは自分自身が逃げ出そうとしたときに、
傷つかなくていい場所へ駆け込める抜け穴を造っておかなければと、
予防線を張ろうとする臆病な心があるからだ。

未練がましいよな。
自分から逃げ出したくせに、どうしてこんなにも囚われているんだろう。
諦められないから抱え続けているくせに、
何もかもを捨てると言うところまで自分の弱さを誤魔化しきることはできなくて。
真実がひとつしかない感情は、何個も答えがある事実よりずっと多い。
はっきりと映し出す明確さがあるなら、酸素が薄くなって、
人はきっと呼吸をすることすら、出来なくなってしまうだろうから。


昔はさ。
ひとつひとつのことがバカみたいに煌いて見えて、
特別を探すことなんて簡単で、いつでも傍に存在していた。
当たり前のことなんて何もなくて、初めて出逢った感覚に翻弄されて、
世界は自分のものだと、無邪気にはしゃぐことができた。
“俺には無限の才能がある”なんて笑いながら。
肩を並べて歩いて来ることができた仲間たちがいた。


思い出となって、ひとつずつ消えてしまった夢の形。
追いかけようとしたけれど、自分から引き返して描かれなかった未来。
ひとつひとつのパーツを拾い集めたら、過去に戻ることは出来るのだろうか。
俺はあの頃に戻りたいと、望んでいるのだろうか。

朱音 著