スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

地図にない国 (作者:彩香)

地図にない国 【10】〜完結

「ナナっ!」
こんなに熱い感情を胸に抱いたのは初めてであった。抑えきれないほどの自分の気持ち。
黒い影は小さく動いた。ハヤテはその影に駆け寄る。起き上がったナナの表情は涙に濡れ、ひどく疲れきっていた。
「ナナ!ああ、こうやってもう一度君に会えるなんて!」
そう言ってハヤテに抱きしめられたナナはわけが変わらないという顔をしたまま、思考がストップしてしまったようだ。
「ナナ。僕はトロピコの街を見たよ。ガンダーラの国も見た。でも、君と暮らすあの家が僕にとっては一番だ。」
ハヤテはいったんナナを離し、ナナの顔を覗き込む。
「こんな疲れた顔をして。あんなことで怒ってごめん。僕は君がいなきゃだめなんだ。」
「……ハヤテ?まるで人が変わったみたい……。どうしたの?」
かすれた声でそういうナナを見つめたまま、ハヤテは恥ずかしがることもなく言葉を紡いだ。
「僕はこれからだって何度でも君を困らすよ。僕は君の言うことを聞かないなんて無理だ。いつの間にか君中心で僕の世界は回っていた。」
ナナは眉間にしわを寄せて変な顔でハヤテを見ていたが、頭の中で彼の言葉と自分が過去に言った言葉が結びつき、ぼっと顔に火がついたように赤くなった。
「ハヤテ、それって。」
「君が好きだよ。ナナ、僕は君が好きだ。君は?……ああ、でも君が恋しているのは僕じゃないんだっけ。」
ナナは震える唇をぎゅっと噛み、力なくハヤテの肩を叩いた。
「あんた以外に、私が恋する相手なんて、いないじゃないっ……。」
ナナの耳でガラス玉のピアスがキラキラと光った。苦手だったこの部分もすべてが愛しく感じる。ハヤテは再びナナと生きていくことを決めたのだった。




お父さんがずっと捜し求めていた『地図にない国』ガンダーラは、天国のことだったんだね。
僕はこのことを誰にも言わない。僕はお父さんよりも長く生きて、お父さんよりも大きくなってあの国に行くよ。
今度はナナも一緒に連れて。お父さん、そのときお父さんはなんて言うかな?
                                                      ハヤテの日記より


=完結=

彩香 著