スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スピカ (作者:朱音)

スピカ 【1】

朝より夕方の方が好き。
しがらみから解き放たれるような躍動感があるから。
夕方より夜の方が好き。
ひとりでいたとしても、何も不自然じゃないから。
だから夜がいつの間にか朝に変わるとき、光に包まれて不安になってしまうのは、
あたしはひとりじゃなくて、ひとりにはなれないって現実を実感するからなのかもしれない。



短くした制服のスカートがめくれないようにしながら自転車を漕いだ。
今の表情はすごいブッサイクになっているんじゃないかなぁ。
坂道を登るときは息切れするし苦しいし、だけど登りきらなきゃ電車間に合わないし。
電車の本数が少ない田舎だから、一本逃したら確実に遅刻する。
担任が怒る顔を想像したら渇が入って、
投げ出してしまいしそうになる衝動を必死で堪えながら、呼吸が苦しくなるのを感じながらペダルを踏む。
体温が上がって額からは汗が噴出していた。


頂上まで上ったら気が抜けて、わざと大きく息を吐き出した。
自転車を停めて、とぼとぼとホームに向かって歩き出す。
苦しいと思う瞬間だって、抜け出してしまえばただの経験とか思い出になってしまうから、
明日どころか数時間後には忘れてしまっているのだろう。
朝の空気は嫌い。
始まりを告げるように澄み切っているから、胸騒ぎがする。
初めて恋を自覚したときのような甘酸っぱいときめきじゃなくて、
変わることを恐れて、だけど変わることをどこかで願っている。
期待はずれの空想だけを詰め込んだ、空っぽの箱を覗き込んでいるみたいだ。
腹が立つほど晴れた空を睨んで、改札口を抜ける。



風が吹き抜けて、あたしの髪が靡いた。
生暖かさを含んだそれは、この前までは凍てつくような冷たさを含んでいたのに、
今は柔らかく感じることができる、優しさを含んだ風だった。
空を見上げたら、綿菓子みたいな雲がゆっくりと流れていた。
数時間前まではあそこには星が輝いていたはずなのに、
それらは強くはなかったから、光に覆われて隠されてしまったのだろうか。
そのまま視線を線路の奥に向ける。
揺れているシロツメクサは、この前までは咲いていなかった。
人々の服もこんなに薄着じゃなかった、太陽の光も優しくはなかった。

朱音 著