スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

SPITZ SONG NOVEL ウサギのバイク (作者:龍石茜)

SPITZ SONG NOVEL ウサギのバイク 【2】

 妹はそれでも反抗したが、鬼になったら更に面倒になり読書どころでは無いという事を途中で認識したみたいだ。不承不承ながらも妹はぼくの話で納得してくれた様であった。まだ先生の影はどこにも見えない。ぼくは妹の手を取り緑地の中でも樹木が多い「林ゾーン」へ向かって走り始めた。先生から逃げ出し始めたのである。針葉樹と広葉樹が計算の上巧みに配置される木立にぼく達は潜り込んだ。走る度に足元で腐葉土を構成する小枝や枯れ葉を踏む音がし、それらが舞い上がる。さくさく、
 先生の様子を確かめるべく、ぼくらは幹の太い木を選んでその後ろに隠れ一旦振り返った。先生は既に直前までぼく達がいた動物型遊具のひとつに足をかけていた。次の獲物を探すかの如く目をギラギラさせる。先生がこちら側を向いた瞬間は目が合ってここに二人隠れているのがばれてしまうかと焦りに焦った。ぼくらは隠れる場所の変更を余儀なくされた。 気が付けば役割分担もする様になっていった。ぼくが隠れる場所を探すのに対して妹は本を読みつつも鬼である先生が近づいてこないか目を光らせる。たかが鬼ごっこ程度の話の筈だが、まさに阿吽の呼吸とは今のぼく達の行動そのものを表しているのではと思った。時折その様な事を考えたりしながら、僕ら二人は走り続ける。
 あっという間に病院から離れて「水ゾーン」に来ていた。プールや噴水が数多くあるのが特徴で、小高い丘の頂上には毎年夏になるとどこかのNO団体が巨大な天然氷を飾りに来てくれる。夏は周囲に周囲に水が張ってある事が多いからなのか、意外と氷は長持ちするのである。毎年どこからか運ばれ夏の間氷を置いた丘から病院関係者に癒しの涼みを含む風を吹かす様子が、いつしか「氷の丘」と呼ばれ始めたのであった。残念ながら今は氷のある季節では無いけれど。
 妹が丘の上、氷を置く台の上に人が立っているのを見つけた。向こうもこちらに気付いたらしく、声は発しないものの上から手招きをしてくれる。ぼくはそれが誰か分かった辺りで鬼ごっこで先生がもう半分捕まえてしまい、ぼくら三人しか残っていない事を思い出した。ぼくは妹に目で合図し、丘を目指して走り続けた。ずっと手は繋いだまま。
 しかしそろそろ息も切れてきた。脈拍がおかしなリズムでばくばく鼓動するのを感じる。丘の上に辿り着いて早速振り返ってみると、先生は遠くの方でキョロキョロしながらぼく達を探している。逃げ回る三人が合流したのは良いがこのままここにいても先生に見つかってしまうのでは、ぼくが相談しようとすると妹が服の袖を引っ張ってきた。どうやら三人で固まって目立つ所にいたのを鬼に見つかってしまったらしい。誰が言い出したのか定かで無いが先生を攪乱させるべく、それぞれタイミングも方向もばらばらになって坂を駆け下りる事になってしまった。作戦らしい形を取っているが全員体力の少ないほんの子供。大人である先生に捕まるのは時間の問題であったと同時に、走って遊ぶ喜びでぼくの心は満ち溢れていた。
 妹が読みかけの本を持ったまま病院方面へ走る背中を見送ってから、ぼくは時間差で同じ方向へスパートをかけた。どうせ最後には捕まるのだから、最後まで鬼から逃げ続けてみたいと何となく思った。優しい妹よ、中途半端に連れて行ってあげる事を放棄してごめんね。
 だがばちが当たったのか地面を踏みしめた時に両足が引っかかり絡まってしまい、盛大に転びながら坂を越える事になってしまった。やっと体の回転が止まった頃にはぼくは満身創痍、肩で大きく息をするのがやっとになっていた。今にも心臓が壊れそうな錯覚さえ覚えた。呼吸を整える事に必死すぎて、先生がすぐ後ろに立っていたのに気付いたが時既に遅し。結局三人の中で最初にタッチされてしまうぼくであった。最初の内は目が回っていたからそれにさえ気付く事は出来なかったけれど。少し経って起き上がろうとしたが、頭の血がさーっと引いていく様な感じがして諦めた。ああ、何だか気が遠くなるみたい…………

龍石茜 著