スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

桜並木のルルルララ (作者:野谷蔦けい)

桜並木のルルルララ 【10】〜完結

しばらくここで待っていれば、真紀がどこからか突然現れて、ぼくに声を
かけてくるような気がしてならなかった。
普段よりも未練がましくなってしまう今日の季節の自分に、ぼくは苦笑するこ
としかできない。

 今更ながらに真紀のことで感傷的になってしまうのも、何だか里香に悪いよ
うな気もしていた。むくれ顔の里香の幻影が
桜並木を背景にして浮かび、背伸びをして華奢な腕をめいいっぱいに伸ばし、
里香がぼくにデコピンを食らわせた。

 家で見つけた桜の花びらを握りしめていた右手をぼくはようやく開いた。
ちょうど吹いてきた風に乗せて、手のひらから花びらを
ふぅーと吹き飛ばしてやる。飛ばされた花びらは、中空で舞う花びらの群れに
合流し、風に乗って舞い上がっていく。

 手のひらから飛び立った花びらが淡紅色の風景に溶け込んでいくのを眺めな
がら、ぼくは真紀の言葉をまた思い出す。

「永遠の愛かあ」と、ぼくは一人呟いていた。

 人前で式を挙げて『永遠の愛』を誓い合ったはずの真紀の両親でさえ別れを
選んでしまうのだから、ぼくがそんなことを
考え込んでみても頭が痛くなるだけに違いなかった。今のぼくにはその輪郭を
捕らえてみることさえ難しい。

 けれども、淡紅色の花びらが舞い降りていくこの風景を、里香と眺めている
のは悪くはないように思えている。

 今はただ、里香を誘って、明日のこの風景を一緒に眺めに来ることにする。
そういうことに、今日のところは
しておくべきなのだろう。

 えいと勢いをつけて背筋を伸ばす。舞い落ちた桜は地面に積もり、季節はず
れの雪のようではあったが、移り気な
ぼくの瞳にはピンク色に染まりすぎて見えてしまう。

 携帯電話を操作して里香の番号を呼び出した。桜の淡紅色に埋もれた中学校
の校舎の方へときどき振り返りながらも、
ぼくは再び桜並木の道を歩き始めていく。

 背後から背中を押してくる暖かな春の風は、もうすぐ訪れる新しい四月に向
かってぼくをけしかけている。

 携帯電話の奥から響くコール音を右の耳で感じながら、里香の明日の予定が
埋まっていないことを、ぼくは祈っていた。

(完)

野谷蔦けい 著