スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)
スパイダーの悲劇 【9】
<プリシラ>
ルークはなぜか笑っていた。その笑顔は、長い間笑ってなくて笑い方を忘れてしまったのか、
一度も笑ったことがなくて笑い方を知らないのか
(多分そうなんだろう)、とてもぎこちなくて、かわいそうなくらいだった。人が笑っているのを見てかわいそうだなんて、おかしいよね。でも、
その笑顔は、そんな理由以外でも哀しいものがあったんだ。なんというか、キレイで純粋過ぎた。声もたてず、蒼白い顔で笑っていた。
例えるなら、
そう、これから自分にふりかかる哀しい運命を知らない、あるいは理解できていないくて、周りの人は不安でしょうがないのに、当の本人は
ただ笑っている。憎らしいくらいに。
「あぁ、あの曲ね。」
私は上の空で答えて、弾き始めた。
<ルーク>
お嬢様は悲しそうな顔、違う、哀れむような顔をなさった。どうして?
僕はお嬢様が一緒に笑ってくれると思ったのに。やっぱりスパイダーはそんなこと考えちゃいけないんだ。
お嬢様に会えて嬉しいとかそういう
ことも考えちゃいけないんだ。でも、そんなのイヤだ。
お嬢様の方は見ないようにした。隅っこでうずくまっていることにした。あの曲だけが聞こえてくる。それ以外は全くの静寂。
脳裏にかけ巡るのは、曲のイメージ、前とは違う感じ、飛び石を渡るように星から星へと歩いている感じだ。
お嬢様が突然大声をあげた。それと同時に演奏も止まった。
「ねぇ、今の見た? ピアノがピカピカになったの。本当よ! 今は元に戻っちゃっただけよ。」
僕は昨日ちゃんと見ていたけど、お嬢様はお気づきにならなかったらしい。相当夢中になったお弾きになっていたからなぁ。
「今のは見そびれましたが、僕は昨日見ましたので。」
<プリシラ>
昨日見た? 私は見てないわよ。
「じゃあ、なんで昨日教えてくれなかったの?」
ルークは上げていた顔をハッと下げて静かに言った。
「スパイダーは、自分から口を開いてはいけないのです。質問されたら答えるだけなのです。」
また、スパイダー法……か。
<ルーク>
口に出すと、すごくほっとした。お嬢様はまた一つスパイダーのことをわかってくれたかもしれない。
でもこの決まりは昨日からさんざん破っている。お嬢様が許しをくださるなら、気持ちが楽になるのに。
<プリシラ>
自分から何も言えないんじゃつまらないし、イライラすることばかりなんじゃないかしら? もし私もそういうことになったらどうなるだろう?
会話が成り立たないじゃない。
「じゃあ、ルーク。私と話す時は言いたいこと言っていいからね。」
私はピアノに目をやった。
「他の曲も弾いてみよう。ピアノがどうなるか、ちゃんと見ててね。」
<ルーク>
僕が、ありがとうございますとか言う隙もなく、お嬢様は次々にいろんな曲を弾いていったけど、ピアノにまったく変化はなかった。
「あの曲じゃないとダメみたい。」
お嬢様はそう言って立ち上がった。
「お腹、すいたでしょ? 何か持って来るから。」
ミツル 著