スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

魚 (作者:あつこ)

魚 【10】

「…七海。」
「行っちゃうの?本当に、行っちゃうの?」
「ごめん、でも絶対にまたここに来る。メールするよ」
「私、携帯持ってない」
「じゃあ、電話でも手紙でもなんでも、する。だから、だから」
「…だから?」
「待っていて、この海で。」今すぐにでも溢れてきそうな涙を堪えて言った
待っていてほしい、忘れないでいてほしい。夏が終わって、秋が来て、冬が来ても。
この海で過ごした短く暑い夏を覚えていてほしい。
出来たらで良いから僕のことも、忘れないで居て。覚えていて。好きでいて。

抱きしめた感触を 潮風とか海鳥の声とか。
波のリズム、とか。
僕は忘れないから、君も覚えていてよ

僕は今はここには居れない。でもずっと七海の傍に居るから、だとかそんなことしか言えない


「待てない、って言ったらどうするの?」
いたずらっぽく七海が笑って言った 目には涙を浮かばせながら
「そうだなぁ、困ったな。待ち時間を兼ねて魚にでもなる練習していてよ」
「魚。なれるのかな、私本当に。」
「なれるよ、七海ならきっと何にでもなれる。」
「やっぱりなれないよ、私。魚には。」
「なんで?」
「手足があって、うろこもエラも無い。私は魚にはなれないよ」
クスクスと懐かしいような言葉を言って彼女は笑った。寂しく
「それでもいいよ、なれなくってもいいから。」
そう言いながら彼女の髪の毛を撫でた。胸に彼女を丸ごと抱き寄せて。


人ごみのスキマから見える海が光に反射して青と、銀色に霞んで見える
時よ、止まれ。

あつこ 著