スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

優しくなりたいな (作者:あつこ)

優しくなりたいな 【5】

僕のアパートの一番の自慢は桜だと思う。
春になるとアパートの部屋から、坂道の方を彩る桜の木が見える、これが1番好きだ。
途中から桜は見えなくなっているのがなお、良い。
悲しい気持ちにならなくて済む。
そうだ、中途半端のままにしてくれ、あんまりハッキリさせられると悲しくなるから。辛いから。
気持ちも、桜も。心も、中途半端が1番心地よいんだってこと、知っているのに。
桜色に染められた道が、つむじ風に乗って僕を桜色に染め上げる
僕だけ空に一人で浮かんでいるようで、周りが見えていない馬鹿とは僕のことを言うのだろうか
一人で舞い上がったりしていて。我ながら自分のダメさに嫌気がさす

そんな時に限って、ほら。また。
お風呂の溢れる音が聞こえた
足音が大きくなって、その時、水の音が止まる
「ああ、今日は昨日より早く止めたな。」
だからなんだって言われたらそれまでなんだけれど、きっと違うと思う。そう信じたい。

いつの間にか気持ちだけが膨らんでいる
だから、だから中途半端でいたいのに。
時々思い出して、ニヤニヤ笑うぐらいのままが良かった
それ以上もそれ以下も求めないはずだったのに、心に決めていたのに。

知りたい、と思った。彼女のコトを。
会いたいと。思った。名も顔も知らぬ彼女に。

その日の夕方、桜の花びらが風に乗ってベランダに零れ落ちてきた
僕は花びらをふぅっと息で吹き飛ばした

「篠崎、さん。か。」
目線をあげたら、桜の並木道は夕焼けに染まろうとしていた
落ち着いた午後。
そこに、永遠の終わりを見た気がした。

あつこ 著