スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

地図にない国 (作者:彩香)

地図にない国 【2】

ハヤテが十歳のとき、父親はある国から帰ってくると謎の奇病に侵された。伝染病だという根も葉もないうわさによって、父親とハヤテは街から追い出されてしまった。それからすぐ父親は死に、ハヤテはたった一人になった。頼れる人も誰もおらず、街にも戻れず、寂しさで生きることをやめてしまおうかとも思ったとき、ハヤテを街に呼び戻してくれたのがナナであった。
ナナはもともと一人で町外れに住んでいる街娘で、ハヤテとも仲がよかった。
「ハヤテと私が一緒にいて、どっちも生きてれば、町の人は信じてくれるわ。私が証明になってあげる。」
このときほどハヤテがナナに感謝したことはない。そして、ハヤテはナナと生きていくことを決めたのだ。しかし、ナナは変な娘であった。前触れなく叫び、変なところでもらい泣きをし、憎たらしい笑顔を浮かべ、彼女にしかわからない手振り身振りでものを伝える。ハヤテは心の中で口答えをしても実際は何でも言うとおりにしてしまう。
「情けない男ねー。」
口癖のようにナナはハヤテに向かってそう言う。今回の旅もそうだ。
「行きたいけど、あの人だって1度しか行けなかったんだ。それに、日記だけをヒントに行くなんて無理だよ。」
「情けない男ねー。行ってみなきゃわからないじゃない。男でしょ?!」
と怒鳴られてしまった。もちろんハヤテは一人で旅に出るつもりであった。それにもかかわらず、ナナは当然のように言った。「私も行くのよ。」と。

「当然じゃない。私がいなきゃ何にも出来ないんだからだって?!いったいどの口が言ってるんだよ!ナナは夢や野望ばっかり。現実を見てないよ!荷物も、宿も、君の言うことはすべて聞いた。これ以上僕にどうしろって言うんだ!」
「情けない男ねー。思い通りにいかないからって怒らないでよ。旅は障害がつき物でしょ?」
「障害がついてくるのは恋だけで十分だよ!僕は、まっすぐ、旅をしたい・・・って、何?」
ナナはつぶらな瞳をまん丸にさせてから、いつもの憎たらしい笑顔を浮かべた。
「あら、ハヤテが障害のある恋なんてしてるの!?」
ハヤテは口をあんぐり開けてから、大げさにため息をついた。
「たとえだよ。恋は障害がつき物ってよく言うだろ?女はすぐにそういう話に走りたがるんだから。僕が恋?!するわけないじゃないか。」
「何でよ?!恋は楽しいわ!自分の気持ちが抑えきれずに、その人中心で世界が回るのよ。」
「へぇー君は恋してるわけか。」
「あったりまえよ!ハヤテも恋しなきゃ!」
「へぇ?近くに君しかいないのに?」
ナナはトマトのように真っ赤になって飲み終わった水筒を投げつけた。
「さいっあくな男ね!女の子の気持ちがまったくわかってないわ!」
「危ないなぁ。君を好きになる男なんているのか?もしいるとしたら会ってみたいね。きっとそいつはマゾヒストだ。」
「マゾヒストですって?!私がサディストだって言うの?!ああ、私ってかわいそう。もう胸が苦しくて息が詰まりそうよ!ハヤテがこんなに馬鹿な男とは思わなかった!さいっあくな男ね!」
ナナはポシェットの中身を次々にハヤテに向かって投げ、ついには投げるものがなくなり、ポシェットを投げつけ、それでも怒りが収まらないのかギャーギャー叫んで、地団太を踏んだ。
「そんなに怒るなよ、ナナ。別に、君が好きなのは僕なわけじゃないんだからいいだろ?」
ナナはぴたりと動きを止め、ハヤテを見た。ハヤテは驚いたようにナナを見返し、口を開いた。
「それともまさか、ナナが好きな人が僕って言うんじゃないだろうな?」
「まさか、まさかよ。私がハヤテを好きなわけないでしょ?さぁもう休憩はおしまい。先を急ぎましょう。」
ナナは投げ散らかした荷物を急いでポシェットにつめ、
「で、どっちに進むんだっけ?」
と尋ねた。
「今絶対ポシェットの中が砂だらけだと思うけど。せめて砂を払って入れれば……。」
「どっちに進むの?」
ナナの強い口調に、ハヤテは肩をすくめて指を刺した。

彩香 著