スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

消せなかった炎 (作者:彩香)

消せなかった炎 【2】

千代子はそのときの浩二を思い出していた。千代子の心の中は大いに荒れていた。
浩二への恨み言がどんどんと出てくる。
生きて帰ってくるって言ったじゃない。
特攻なんて、何で志願するの?
帰ってくるって信じていたから、あの時断ったのよ。
帰ってこないのだったら、一瞬でもいいから、浩二さんのお嫁さんになりたかった。
特攻なんて、何で志願するのよ。

千代子は浩二の目を見た。浩二の目をじっと見つめた。
その浩二の目の奥に、怯えの感情を見た。
どんなときでもピンと伸びていた背中が、すぐにでも折れそうなことに気づいた。
ああ、この人、怖いのね。
千代子はそう悟った。

浩二は「熱望する」に丸をつけた途端に、死と隣り合わせになったのだ。
足ががたがたと震え、顔は血の気が引いて何も聞こえなかった。
大声を上げて、教室から飛び出したかった。気が狂いそうだった。
何がお国のためだ。
中将殿が来たからなんだ。
僕には千代子がいる。
特攻なんて志願できるはずもない。
今まで感じたこともない反抗心がふつふつと湧き上がってきた。
しかし、怖かった。
ここで「志願せず」を選んだら、自分がどうなるかわからなかったからだ。
先生は目を三角にさせて浩二たちを見ていた。
ここで「志願せず」を選んでも、「熱望する」を選んでも同じなのではないか。
結局は特別攻撃隊に選ばれるのではないか。それならば、潔く「熱望する」を選んで正しかったのだ。
浩二は、そう自分に言い聞かせ、何とか自分を保ったのであった。

「浩二さんは、お国のために、決断したのね。」
千代子は、ここで自分が泣いてはいけないと感じた。
自分が、浩二の決心を揺るがすようなことをしてはならないと思ったからだ。
彼女が笑みを浮かべて浩二に話しかけると、浩二は少し安心したような表情を見せ、うなづいた。
「うん。」
「千代子は、平気です。浩二さんは清くて、まっすぐだから、必ずお国の役に立つはずだわ。」
「うん。」
「千代子は、浩二さんが誇りです。」
「うん。」

彩香 著