スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

めざめ (作者:あつこ)

めざめ【3】

「おねえさん、名前、なんていうの?」僕は恐る恐る聞いてみた。この人、人間じゃないのかもしれない、なんて思いながら。
「あ、ああ、名前言ってなかったね坂本サオリって言うの。今中2。翔太は?」

女の人に名前で呼ばれるのは初めてだったから少しドキッとした。
よく分からないけど、中学生ってそんなもんなのかな?と思って誤魔化した
「小学、5年生。」
「なぁんだ、まだガキだね。」大人びた表情でサオリさんは笑った

目が会うとなんだか照れくさくなるので俺は俯き加減にサオリさんの手や、首や、足ばかり見ていた
細い、というよりしなやかで女らしい。手は少し骨っぽくって首はすうっと細く伸びている。
足はなんとも言えないぐらいに僕の心を惑わせた

「もっと、こっちに来てよ。話そう。どうせ暇でしょ?」サオリさんは俺を小馬鹿にした感じで呼んだ
「う、うん。」とだけ俺は返事をして彼女に5センチ、また5センチと近づいた

正直、近づくのは怖かった。
なんだか胸が変にドキドキして、壊れそうになるのだ
でも年上にそう言われたら断れなくって、僕は近づいた
いや、断りたくなんか無かった。胸のドキドキが怖い。少しでも近づくと呼吸が出来なくなりそうな勢いだった
サオリさんはストン、と屋上のフェンスの柵の前の段差に座り込んだので俺も隣にチョン、と座った

肩が触れると呼吸が乱れそうになった

「なんで、」
「・・・・え?」
「なんで、死にたいだなんて思うの?」僕は思い切って口を開き、ジッと目を見て聞く
「生きている、ということに意義を見つけられないし楽しく無いし。」
「い、意義?」と僕が間抜け面をして聞き返すと
「小学生には難しすぎたね」と軽く笑って、そのあと底抜けに悲しく笑った

「ほら、下見てみ。」サオリさんが柵から下を覗き込む。高い。高くて怖い
サオリさんはにんまりと笑う、気味が悪いくらいに愛らしくって、―怖い、恐ろしい笑顔。

「人、車、建物。あの中に飛び込むってどんな気持ちだろう。ね、翔太どう思う?」
思わず声を詰まらせた。彼女の目はあまりにも、「死」の世界へと飛び込んでしまいそうな目だった
「分からない・・・。でも死ぬのは、怖い。」
僕は目をそらしてそう言った。それが精一杯だった

「ふーん・・・。翔太さ、友達って居る?」

友達。
友達は一応居る。一緒に帰ったり、体育では一緒にペアになって練習したり。
でも、最近みんな私立の中学へ向けての勉強、と言って必要最低限しか話さないし、近寄らない。
ウチには私立なんて行く余裕無いんだ、
そう理解しているんだけど、やっぱりくやしい。みんなと同じ中学に行きたかったって心のどこかで叫んでる

今まで仲良くしていた友達みんなが俺1人を置いて未来へ歩き出している。
そして俺のことを鼻で笑って、去っていく。

休み時間はアイツラは勉強。
俺はなんなんだろう。分からない。

「い、居るよ、友達・・・。」僕は思わず目を背けてそう言った
そうするとサオリさんはまた興味無さげに「ふーん」と言って、
遠い、遠い柵の底の地上を羨ましがるように眺めていた

その横顔は、とてもキレイで、キレイで、でも悲しかった。

あつこ 著