海を見に行こう [作者:星待ち人]
コートを着て、マフラーを巻いて、僕は家を飛び出した。
吐く息が白く浮かんでは風に掻き消されていく。
そんな冬の日。
君はもう僕を待ってるかな?
遅いよ、って怒るかもしれない。
そんなことを考えてから、僕は全速力で向かった。
きっと君が僕を待っている、あのバス停へ。
「遅れてごめん!」
「遅いよ、すっごい待ったんだからね!」
思ったとおりの彼女の反応に、僕は少し笑いそうになる。
「ごめんごめん。今日が楽しみで眠れなくてさ。寝坊しちゃった」
彼女はとびきりのしかめっ面で僕を見て、
「…なんか気持ち悪いんですけど!!」
それから耐え切れなくなったように笑い出した。
そんな彼女を見て、僕も一緒に笑った。
でもさっき冗談っぽく言ったこと、じつはほんとだったりする。
だから内心、僕の心には少なからず傷がついたというわけだ。
僕らの乗ったバスは、田舎みたいに木がいっぱい繁った細い道を、静かに進んでいく。
まだ朝早いからなのか、人はほとんど見当たらない。
「海かぁ、なつかしいね」
君がぽつんと呟く。
その言葉は、僕にと言うより彼女自身に向けられた言葉のようだった。
バスの窓へ視線をやっている君は、遠くを見るような目をしている。
海。
僕らのはじまりの場所。
「あたしに告白したときのあなたの顔、今でもちゃんと覚えてるよ?」
今度は僕の目を覗き込みながら、君は楽しむように言う。
「その話はいいから!死ぬほど恥ずかしいんだよ」
「赤くなってる〜」
「うるさいうるさい!!」
僕は君と反対方向に顔をそらす。
君の楽しそうに笑う声が聞こえる。
なつかしい潮の香り。
足元に感じる柔らかな砂の感触。
目の前に広がる深い青色の景色を、僕らは何も言わずただ眺めていた。
「ねぇ」
君の発した声は、波の音にかき消されてしまいそうなくらいかすかだった。
「うん?」
「さっき言ったコト。きのう楽しみで眠れなかった、って言ったよね」
「言ったよ」
「あたしもね、おんなじ!だからほんとは嬉しかったよ」
僕は思わず彼女を抱きしめた。
そうせずにはいられなかった。
「なんだ、俺だけかと思ってた」
「意地っ張りでごめんね?」
「うーん…しばらくこのままでいさせてくれるなら許そっかな」
すごく君が愛しい。
まえ海へ来たときも、もちろん君のこと大好きだったけどね。
でも今に比べたら、すごくちっぽけな気持ちだったなって思うんだ。
きっとこれからも、もっともっと君を好きになってく。
そしたらその時は、また君を誘うよ。
「海を見に行こう」って。
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