スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

eternal1 (作者:ナナ)

初心者マーク【1】

 真白な光が広がっていた、この道の先に。その光は先にある道を照らし、そして隠していた。
「ここは…どこだろう……」
 声を出してみるが、その音は誰にも伝わらず、余計に自分自身を不安にさせるだけだった。
 でも、と思う。僕はきっとこの道を一人で歩いてきたのだろう。そして、これが今までの人生の縮図なのだろう。人に自分の声が伝わらないことなんてよくあることで…。
 一人で?そのコトバに疑問を抱いた。僕には君という恋人がいたはずで……。
「これは…夢……?」
 呟いた途端、それが崩れていった。

「夢か……」
 体を起こしてそれを再認識する。
 ユウトは普通のサラリーマン。幼馴染のアオイと結婚して、同居生活をしていた。
 何故か、頭が痛んだ。さっきの夢のせいだろうか。そして、一拍遅れて夢のことを思い出していた。
「そんなわけがない」
 頭を振って否定するけれど、心のどこかではそれを納得していた。何故かは分からないけれど。
 ベッドの上から降りて、身支度をする。そして、隣のアオイの部屋の前に立つ。ドアの前で深呼吸をした。いつもと同じ朝のはずなのに、何故だか緊張した。
「アオイ、起きてるか?」
 なるべく口調を和らげて、いつも通りに言おう、そう思っていたが、やっぱり口は震えていた。
 少しの沈黙の後、部屋の中から声が聞こえてきた。まるで、こちらの様子は知らない素振りで。
「…起きてるよ……」
 いつも通りのアオイの声だった。その声でユウトは安心することが出来たし、いつも通りだということを再認識することができた。
 カチャリと音がして、鍵が開く。それだけのことで、また安心した。
 そういえば、何時からだろうと思う。アオイが部屋に鍵を掛けるようになったのは。結婚した当初は、鍵なんて掛けなかったのに。
「どうしたの?」
 いつの間にか、アオイがドアを開けてこちらを見ていた。
「あ、ああ…なんかごめん」
 ユウトの手は壁についていて、アオイの行く手を拒んでいた。あわててドアの前からよける。
 いつものことなんだけど、ユウトはアオイの服装についてジロジロ見てしまう。自分では直したいと思っているんだけど。なかなか直らない、悪い癖だ。その代わりに、今日はこんなことを言ってみた。
「アオイ、今日もかわいいよ」
 頬を少し赤らめて言う。慣れないことで、ちょっと失敗してしまった。
「ふふ、…どーしたの、急に」
 アオイは軽く吹き出して笑った。その笑顔を見るたびに、一人じゃない、って思えるし、今日も頑張れる。

 二人はキッチンで朝食の準備を始める。
 ユウトは眠い目を擦りながら、ぼんやりと窓の外を眺める。外には眩しい空が広がっているだけだった。
 そして、その次に思い浮かんだのは、やはり夢のことだった。今朝の夢は何だったのだろうと思う。何故、あんな情景が浮かんできたのだろうと考えてみるが、やはり分からない。
 目の前で朝食の準備をするアオイを見る。
 アオイとは幼稚園の頃から一緒だった。幼馴染というやつだ。小学校、中学校、高校ときて、終いには結婚生活までアオイと一緒になってしまった。そんな彼女が、僕の精神的支柱になっているのは確実だと思っていた。でも、今日の夢に彼女はいなかった。
 しかし、そんな夢を人生の縮図と思い込んでいる僕もおかしいのかもしれない。
 アオイはそんなこちらの様子には気付いていないのか、先程と変わらず朝食の準備をしている。
「ユウト、ご飯は自分でよそってよ」
 そう声をかけられて、ユウトは心の底を見透かされていたことを知った。やっぱり、アオイには敵わないな、と思う。
 ユウトは立ち上がり、茶碗を取り出し、ご飯をよそった。テーブルには、味噌汁や昨日の残り物なんかが並べられていた。
「いただきます」
 実に何年ぶりだろうと思う。そんな言葉、ずっと言ってなかったのに。なんだか、今日の僕はおかしいらしい。
 朝食はいつも通りだった。アオイの料理はうまい。でも、それだけだった。

 会社に通勤する途中、ユウトはいろいろなことを考えた。具体的に言うと、将来のことだ。ユウト達には、まだ子供がいなかったから、その事とか。
 ぼんやりとした生活とか。
 いつまでも続きそうな錯覚を覚える生活とか。
 どうでもいいようなことばかり考えた。
「いったい、何を考えているんだ…」
 そんな事を呟いて、自嘲気味に笑った。

 会社に着いて、鞄を自分の机に置く。水筒の水を飲んで、無理矢理目を覚ます。
「あら、おはよう」
 声を掛けてきたのは上司であるミノリだった。
「ああ…おはようございます」
適当な挨拶を交わして、いつも通りの仕事が始まる。
「で、今日はどうしたの」
 仕事をしようと思ったのに、ミノリが声を掛けてきた。無視することも出来ないので、仕方なく話す。
「どうしたの、て何がですか」
 ミノリは少しため息を吐いて、こう言った。
「いや…少し疲れてるな、ていう顔してたから」
 何かを隠すようにしながら、ミノリはしゃべる。それはきっと今朝の夢のせいだと思いながら、ユウトは話を聞いていた。
「実は今朝、変な夢を見たんです」
「変な夢?」
 ミノリは気になるようで、聞き返してきた。ユウトは今朝の夢について、細かく話した。
「ふ〜ん」
 ミノリは話を聞き終えると、興味なさそうな返事をした。
「ミノリ先輩はどう思います?」
 ユウトはいつの間にか目の前のミノリに訊いていた。なんで、ミノリ先輩に訊くのだろうと思いながら。
 ミノリは少し考えて言った。
「きっと、何の問題もないわよ」
 手はペンを握ってデスクの上を走っていて、何かメモしている。そのメモは気にはなったが、訊かないことにした。

 家に帰って夕食を食べ、ベッドに入る。眠い目を擦りながら、やはりあの夢について考えていた。
「やっぱり、あの夢をずっと見続けることになるのだろうか…」
 根拠のない考えが広がっていく。
 あんな夢をずっと見せ続けられたら、きっとくよくよ考えてしまう僕は狂ってしまうだろう。だから、あんな夢はもう二度と見たくなかった。
 あんな夢なんて忘れてしまいたいのに、なかなか忘れることができない。考えたくないのに、くよくよ悩んでしまう。僕の嫌いなところだ。そして今回は、それを強く実感させられた。
 時計に目を向ける。九時半を過ぎていて、少し瞼が重たくなっていた。
 胸の内で寝ようと呟いて、布団に潜り込んだ。外では雪が降っていた。

 海の情景が目に飛び込んでくる。波打ち際で、君と漣の音を聞いていた。ウミネコの声がこだまする。いつか見たことがあるような、ないような。
 昨日見たような夢でなくて良かったと安堵するけれど、睡眠が浅いことが分かった。夢は睡眠が浅い時に見るらしい。
 君は笑顔で僕に何か話しかける。けれど、何を言っているのか聞き取れなかった。純粋な、心の底からの笑顔。僕はそんな笑顔をここで見た。
 毎朝微笑みかけてくれる笑顔と、ここで見た笑顔はまったくの別物だった。
 風が吹いて、君の髪をかき乱す。

 そこで記憶は途切れた。

 僕は気付いていなかった。僕と君とを繋ぐ糸が切れかかっていることに。

ナナ 著