スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

マリンブルーの先 (作者:ひかる)

マリンブルーの先 【5】

今日は年に一度の「炎の宴」の日。
この日は、必ずいつも共に過ごしている団体で一日中過ごさなければならず、
相手に感謝する機会を与えられる日だ。
僕には正直、どうでもいい日だった。

にぎわった町の端の公衆トイレへ、逃げ込むかのように入った。
当分ここでやり過ごそう、そう思っていた。

すると、「ここかしら?」と聞き覚えのある声。まさか。
ルチカがトイレの扉からひょっこり頭を出して覗いていた。「わっ」と驚く。
「また驚いた。」「当たり前だろ」
「今日はいつも一緒に過ごしているヤツらと過ごさなければならない日なんだ。」
僕は呆れたように口を開いた。
「だって…私がいつも一緒に過ごしているのはパムなんだもの。パム以外に友だちなんていないし。」

そうだ、あの森には人がいたって全く異なった意識を持った人であって、友だちではないんだ。

「なら…あの丘にでも行ってみる?二人で。」

小さな町を一望できる唯一の小高い丘。今日は誰もいなかった。
世間話や出会ってからの話に花が咲いた。
そろそろ帰宅の時間になったが、離れがたくパムはルチカの手をとった。
初めて触れた。ガーゼに包んでそっと持ち上げるかのように、大切に、大切に。
笑いあった。このまま、この世界でこのままでもいいと思った。


「ルチカがいねーな。」
はっとした。瞬間、二人の距離は離れた。

「今日は宴の日だぜ。まさか、森の連中を差し置いて他の誰かと密会してるなんてことはないだろうな。」
「ルチカにあの鍵を持たせても大丈夫だったんでしょうか?」
「あいつには友だち、ましてや話し相手すらいねーんだ。鍵の番人になっても、心配なことはないよ。」
「でもあの鍵は」
「しっ!声が大きいんだよ。こんな世界に来たやつが生まれ変わる必要なんてないんだ。
大きな扉で、せき止めてやるだけよ。」

そういいながら、大きな親分は木陰に隠れるルチカと男の影を目で探っていた。

ひかる 著