スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

忘れられた歌姫と王子になれない青年(8823) (作者:カメ子)

忘れられた歌姫と王子になれない青年(8823)【2】

「あ、驚かしてしまってすみません」
「こちらこそ・・。」
 彼女が本を拾い上げ、顔を上げると目が合った。瞳の色は蒼。太陽の日差
しでさらに黄色に光る伸びた髪を下の方でゆったりと結んでいた。……この
2つの特徴、僕と同じだ。だけど、眼の蒼は誰よりも輝いてる気がした。

「ココ何日も誰もこの時間に人が来なかったので私だけかと思ってつ
い・・。あなたもこの時間にだけ利用して良いと言われたのですか?」
「いえ、僕はその逆。本当は利用してはいけないんですが……」
 そこまで言って、僕は気づいた。そうか、最近になって制限された理由
は、彼女がその時間だけ蔵書室に出は入りするのを許されている唯一の時間
だからだ。その時間を僕等は禁止されたということは、当時に彼女に関わる
ことも禁止されたとうことなんだろうな。
 これは、きっと会ってはいけない人に会ったな。あー、、っと一人自分の
軽率さに頭を抱えてると彼女は不思議そうに見ていた。探してた本も見つか
ったし・・。

「僕はこれで失礼します。あと申し訳ないんですけど、会ったことは内緒に
してもらえませんか?第3者に知られると非常にまずいので……」
「そうなんですか?分かりました。・・でも言わない代わりに私のお願いも
訊いていただけませんか」
「僕にできることなら喜んで」
「歌を聴いて欲しいのです」
 ・・っ。無理なお願いはされないだろうと思って承諾したが、これは突拍
子も無い発言。いや、本来ならきっと、こうして会話することも禁止事項だ
し、歌を一対一で聴くなんてもっての外だ。だから、早くこの場を離れたほ
うが身のため……。だけど、、、

「何故、歌を?」
「目を見て、歌いたいんです。そしてあなたにも目を見て聞いて欲し
い・・。あの方は無関心ですので。」
「・・・それは最近ですか?」
「そうですね、結構最初の方からです。私の声は、しっかり届いてます
か・・不安なんです」
 彼女は目を細めた。
 主人は忙しい人だから見向きもしないのか……。でも、それは可笑しいだ
ろう。替りに呼んだのだから期待は有ったわけだ。もう主人の結果が出たの
か? わざわざ実際に見に行って“買った”と言うのに、どういう事だ。
 さぞ、主人は喜んでいると思ったのに彼女の声も今となってはレコードと
一緒。ただのBGMが流れているにしか過ぎないのだろう。
「・・・っ」
 不安なんて、感じ無くてもいいのに。僕にはしっかりと届いてる。飽きた
とは言え、許可もなく主人の“私物”を勝手に使ったことがバレれば大変な
ことになる。深入りはしないつもりだったのに、話せば話すほど少しくらい
なら大丈夫だって思えてくる。

「では、是非聴かせて下さい。ただ、この部屋だけに聴こえる声で」
「良いんですか!?」
 小さな声で歌って、と言ったのにも関わらず、彼女は嬉しそうに笑った。
でも、これは本当に使用人の分際で会ってはならないことだ。あの響く声の
お零れを何処かの部屋で仕事をしながら聴くのではなく、顔を付き合わせて
聴くなどと・・。そう思いながらも、嬉しそうに笑った顔を見たら、規則な
んてどうでもよくなった。
「本当は、私もあの方以外には歌ってはいけないんです。だから、これでフ
ェアーで私もあなたも絶対に言えない秘密ができましたね。」
「……貴女も、何と言うか・・度胸がありますね」
 思わず、面を喰らった。

 そして、すーっとリラックスするように空気を吸って歌い出した彼女の声
は、いつもの響くような音では無かったが、囁くように、でもしっかりと僕
の耳に届いた。この部屋の空気は一瞬にして変わった。
 手を自由に広げ、楽しそうに、美しく、全身で歌いあげるから、本当に彼
女から目が離せなくなった。やっぱり、正面で歌われるのは全く感じるもの
が違う。主人が聞き流す理由が僕には分からない。聴き過ぎると飽きるもの
なのだろうか・・。釘付けになった僕の目を彼女も見つめ返して微笑みなが
ら歌うから、それが何だか、こそばゆかった。
 彼女が歌い終わるのはあっという間だった。多分、普通だろうけどあっと
いう間に感じた。ほんの1曲しか時間聴けなかったけど、まぁいつものよう
に何処かで聴けるだろうし、ていうかもう1度姿を見ながら聴きたいなん
て、おこがましすぎる。

「どう・・でしたか?」
 歌い終わり一呼吸入れると、彼女は不安そうに尋ねた。
「……感想とか上手く言葉にはできないんですけど、自信を持ってくださ
い。少なくても僕には、いくら聴いても飽きそうにない程貴女の歌声が好き
ですよ」
 歌が上手いとか、言葉を並べると多分嘘臭くなる気がした。だけどただ純
粋に、何度でも聴いていたと思った。仕事の方も少し気が楽になった気がす
るし。

 好きなモノをしっかり自信を持って、何より楽しんでやるその姿が少し、
羨ましい。窮屈なこの箱の中で、どんなに輝くピヤスより彼女の眼は、心は
輝いている。そんなのは比べる対象自体間違ってるけど。
 やっぱり、目を見て聴くのとでは全く思うことが違った。また会いたいと
思ったけどそんな事は言えるはずもない。

「じゃ、貴女も頑張ってください。何処かで必ず聴いてますから」




 



 あの時間はたった10分程のでき事だった。ただ1度だけにしょうと思った
から、次に会う約束などもちろんしなかった。けど、それから1週間ほどして
僕はまた、初めて顔を合わせた、あの朝の時間・そして蔵書室の入り口に立
っていた。部屋の中は明かりがあったので多分、彼女は中で本を既に読んで
いる最中なのだろう。早く出てきてくれと思いながら扉の前で待つ。ほんの
一瞬だけ会えれば良いんだ。
 会いたい何て、こっちの一方的な思いだとは思うけど・・・・。
「僕も、懲りない性格だよな」

「あっ」
 ドアを開けた音と共に、僕の姿を見ると驚いたように彼女は目をぱちっと
開く。そのはっきりした強い瞳は相変わらず綺麗だと思った。
「ああ。久しぶりですね。中に入らなければ禁止事項には触れないと思っ
て。まぁ、此処に用も無いのに立っている時点で言い分けにもならないんで
すけどね」
「……そうじゃなくて、どうして此処に?」
「少し、貴女のことが気になったんです。あれから、元気で居るかと」
「私は元気ですよ、いつだって」
「そうみたいですね、顔を見て安心しました。……ここ何日か貴女の聞こえ
てくる歌声が前よりも減ったようで、歌うのが好きな貴女が歌わないのは、
主人に何か言われたのではと思いまして、気落ちしてないか、ずっと気にな
っていたんです。前会ったときに“主人が見向きもしない”とも聞いたので
余計に・・。まぁ、歌を聴く限り変わらず楽しい音が響いていたので元気だ
とは思ったのですけどね」
「それだけで、心配して来ちゃいけないのに来てしまったんですか、貴方
は……」
「あまり気にしないで下さいよ。僕が勝手に来ただけですから。それに割り
と僕は隠れて何かするのは常習犯なんです。ここに来て2年くらいは何度も
木登りもしていましたしね。育ちが悪いんですよ、僕は」
「あなたって見かけによらず、約束というか規則を守らない人なんです
ね?……でも育ちの悪さなら、私も同じです。私も規則を破ってしまいまし
たしね。木登りも小さい時は男の子と一緒に何度か登ってもいました」
「そう聞くと意外ですね。だけど、そう言えばあの町は結構、女の子でも木
登りが流行ってましたね」

「昨日は“ピアノも弾けないのか!” って怒られてしまいました。ピアノ
なんて一般家庭にはないし、習うほどの経済も豊かじゃないのに。」
「僕等にとってはそれが当たり前ですけどね。遊び道具なんて家には殆ど無
かったし」
「ですよねっ!」
 肩をすくめると、彼女もため息つきながら笑った。
「……でも、今日は一目君の顔を見れて良かった。安心しました。じゃ、僕
はこれで」
「あ、あの、また歌を聴いてくれませんか。もう1度だけ」
「・・・っ」
 それはちょうど、僕も君の歌声をまた目の前で聴きたいと思っていたとこ
ろだったから、ドキッとした。だけど、それはけして口にはしてはいけない
発言だった。彼女も言ってから気付いたように慌てて自分の口を塞いだ。
「あ・・・、やっぱりいいです。あの方にバレては大変ですよね。今の忘れ
てください」
「構わない。僕も聴きたいです」
「でも・・それは・・っ」
「では、自室に行っても良いですか。ここより貴女の部屋はかなり奥だから
目撃される危険性も少ないはずです」
 反面、蔵書室より彼女の自室は見つかれば、言い逃れの余地は無い。危険
性は上がるのは確かだ。それでも、なんとかしてもう1度だけ聴きたかっ
た。
「少しだけなら大丈夫ですから」




「今日の早朝、禁止にされている蔵書室の前で立ってましたよね?……部屋
の中からあの娘が出てくるのも見ました」
 ディザと顔を合わせた途端に、そう言われた。まぁ、この場に2人しか居な
いのを確認して話を切り出したのは有難いけど。
「別に、見ていたなら僕がやましいことをしていないのが分かったはずです
けど」
「確かに、何回か会話を交わしていただけでしたね。ですが、見ることも、
ましてや会話をすること自体、禁止なんですよっ?……偶然を装ったって無
駄です。用も無いのに蔵書室に行くこと自体、不審な行動ですから」
「……まぁ、見られたのが貴女で良かった。黙っていてもらえませんか?」
 じっと目を見ていると、ディザは困ったように固く口を閉じて唾を飲み込
んだ。屋敷のルールでは違反者を目撃した者も黙って見過ごせば共犯に値す
る。だから、“黙秘”なんてお願いは本当に、相手には酷だ。火の粉は確実
に他人にも降ってくる。
「貴方は、本当に昔から常習犯ですね。大人になっても変わってないです」
「まだ、正式には大人じゃないですよ」
「そうやって、揚げ足取って。18以上は十分大人です。貴方はもう19で
すよ? ……やっぱり、子供の頃に叱られた方がいいって事ですね。大きく
なったときの方が叱られ方は比べ物になりませんから」
「叱られないにしても、責任は自分で取らないといけないですしね。最近は
真面目ですよ」
「……っもし、上の人にバレても治す気なんて無いんでしょうね、貴方は」

「1回だけですよ。2度目はないですからね」
 ディザは目を揺らしながら苦しそうに言った。その言葉に重さを感じる。
「ありがとう」
 だけど、多分、ディザに怒られることをまだ僕は続けそうだ。
 

カメ子 著 Plant