スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

SPITZ SONG NOVEL ウサギのバイク (作者:龍石茜)

SPITZ SONG NOVEL ウサギのバイク 【1】

 「トム、レンジ、キル、スピン、レイ、タク、ロット!鬼ごっこしましょ!」

 先生が突然こんな事を言い出した。まずぼくは驚いてその次に少し落ち込んだ。名前を呼ばれたぼく達は皆走るのが苦手なのである。ぼくは走るのが好きだし体力的にもましな方だけれど。下手の横好きで済む子もいれば、いわゆるインドア派の子もいる。ぜんそく持ちに虚弱体質、果ては心臓疾患の子まで。大体廊下を走って良いのかな。ここは病院だよ。
 鬼ごっこなんて上手く出来る筈が無い。ぼくが何もしない内から暗い気持ちになっている側で他の子達は意外と乗り気だったらしく鬼ごっこは始まってしまった。もちろん最初の鬼は言い出しっぺの先生である。ルールは皆が逃げながら相談して決めたらしい。鬼である先生が三〇数える間にぼくらは逃げる。ただし病院内は他の人の迷惑になるから鬼ごっこの間は立ち入り禁止。時間制限は午前中の院内学級終了と正午を告げる鐘の音が鳴るまで。ぼくらが逃げ込む先は自ずと病院周辺の緑地に限定されていった。今日は天気も良いし緑地はアスレチック公園や噴水・プールもあってとても広い。さすがの先生も全員捕まえるのは厳しいんじゃないかな。
 ぼくが隠れつつ先生(鬼)の動向を窺える場所を探していると、その場所の候補に挙げていた動物型遊具に先客の姿を見つけた。テディベアに近い可愛げな熊や全体的に茶色くふてぶてしそうな顔の猫の形をした遊具の方が似合うだろうに、わざわざ夏蜘蛛の形をした遊具に腰掛けてのんびり読書している。あの子はぼくの双子の妹である。声を掛けるべきか迷った末ぼくは妹に話しかけた。

 「……逃げないの?先生に捕まっちゃうよ?」
 「わたし、鬼ごっこするなんて一言も言ってない。まだこの本読み終わってないもの。」
 「その本、なぁに?」
 「……『恋のうた』。短いお話がいくつか入ってるの。今は『日曜日』。」

 そこまで妹が言った所で、先生が早くも二人捕らえた事を高らかに宣言する喚声が緑地いっぱいに響いた。ぼくも妹もびくっと体を震わせ、同じタイミングで声のした方向に目をやった。そして最後にお互いの驚いた顔を見合わせる。顔はそれ程似ていないが一挙一動がよく似ていると周りからは言われる。動作の最後にはいつもお互いの顔を直視するという事に気付いた時から、ぼくらはそれを根拠に紛れも無く双子だと自覚する様になった。
 また一人捕まえたらしい。これでもう半分だ。しかもさっきよりも近くから先生の声は聞こえた。ぼくは先生が近くにいる確信があった。理由は後でいくら考えても分からないままだった。

 「とっとにかく逃げよう!先生は多分ぼくら二人とも鬼ごっこに参加してると思ってるんだ!」

龍石茜 著