スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

桜並木のルルルララ (作者:野谷蔦けい)

桜並木のルルルララ 【9】

桜の花びらを手に握ったまま玄関まで向かうと、履いていたスリッパを脱
ぎ捨てる。
サンダルに足を強引に突っ込んで外に出た。

 春の日差しは人間にも鳥にも十分に心地が良いらしい。さっき聞いた鳥の鳴
き声は、
やはりスズメの鳴き声だったようだ。出窓の近くにある塀の上に仲良く三羽が
並んでおり、
これから日光浴とでもいったところなのだろう。

 徒歩で十五分ほどかかるはずだった。どうせ今日も遅刻におびえる必要はな
い。
昔歩いた中学校に続く登校路を、高校二年のぼくがのんびりと歩き出す。

 高校に進学してからは、中学とは人付き合いも変わっていた。行動範囲も広
がり、地元で遊ぶよりも、
電車で街に繰り出すことが多くなっていたから、中学校の方面に向かうことも
久しい。

 ただの同級生に過ぎなかった吉井里香とぼくの関係も大きく変わった。真紀
のいない高校生活で、
ぼくの隣には吉井里香の真っ直ぐにすとんと肩先に流れる黒髪が揺れているこ
とが多い。

 真紀の言っていたとおりに高校に入学してまもなく、ぼくは吉井里香に告白
された。吉井里香に
見る目があるのかないのかは判断することができそうもなかったが、ぼくに断
る理由などは思いつかなかった。

 吉井里香と付き合い始めたことで、彼女がおとなしい性格だというぼくの中
学での認識は間違いではなかったが、
女はそれなりに誰にでも凶暴な側面があることを、ぼくは何となく察し始めて
いた。そしてどうやら面倒なことに、
ぼくは女の子そういった部分に惹かれてしまうらしい。

 中学校に近づいていくにつれて、吹いてくる風に混じり込む桜の量もだんだ
ん多くなっているように思える。
顔に突撃を仕掛けてくる花びらと羽虫を左手で払いのけながら足を進めてい
く。

 そうして歩いていったその先で、ぼくが中学校の校舎を視界にとらえる前
だった。

 今年も満開の桜並木の道がぼくの目の前に広がっていた。

 明日の桜祭りに向けて設置する準備が行われたらしく、折りたたまれた屋台
の骨組みが歩道の脇に無造作に置かれている。
それらを横目に通り過ぎ、真紀に話しかけられた校門まで歩く。

 一年前とまったく同じ場所に、ぼくは再び寄りかかった。

 頭上から途切れることもなく、呆れてしまうほどの量の桜の花びらが舞い降
りてきていた。街路に風が流れていくたびに、
多くの桜が幹から飛び立っていく。青い空の下、まだ見ぬどこかへ向かい、ひ
らり、ひらりと飛んでいく。

野谷蔦けい 著