スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

桜並木のルルルララ (作者:野谷蔦けい)

桜並木のルルルララ 【3】

幼稚園の頃、ぼくの母親の友達だった真紀の母親に連れられて、ぼくの家
にやって来た
真紀の髪も今と同じ色だったことをふと思い出す。光を浴びた真紀の髪が茶色
に透けて
見えるのは、染めているのではなくて、もともと色素が薄いせいだった。

 真紀とはそれ以来、小学校、中学校と家族ぐるみで腐れ縁の関係が続いてい
たが、この間の
卒業式でそれも終焉を迎えたはずだった。

「そんなことより真紀、なんでお前がこんなところにいるんだ? 引っ越しす
るんじゃなかったのか?」

「ああ、うん。明日出発する。明日のこの時間はたぶん、飛行機で空を飛んで
ると思う」

 空の方へ視線を移した真紀が言った。
 生意気そうにつんと尖った鼻の先に舞い落ちた花びらが微かに触れ、真紀は
右の手の甲で鼻の頭を擦った。

「ここの桜も見納めだしね。最後に見ておくことにしたの」

「ふーん」

「なんか浮かない顔してるね。悩みでもあるの?」

 そよぐ風が再び真紀の髪を揺らし、妙に春っぽい香りをぼくに届けていた。

 卒業式の日で真紀の顔を見るのも最後になると思っていたし、ぼくが困惑し
てしまうのも
仕方がなかった。
 ぼくが言葉を発する前に、おどけた様子の真紀がぼくの顔を覗き込んだ。

「どうやって誘えば、私みたいな女の子をナンパできるかなあ、とか?」

「今のところ、そういうキャラじゃない」

「じゃあ、これからはそういうキャラになる予定なの?」

「まあ、そうかも」

「ふーん。女の子に媚びるあんたが見られないのが残念」

「なあ、真紀。暇なんだったら、これから一緒に回らないか?」

「なあに。いきなり」

「急に女の子と屋台を回りたくなった。高校デビューの準備ぐらい、今のうち
にしておきたいからな」

「なによそれ。私は実験台かい」

 鼻をふんっ、と鳴らし、真紀は通りに向かって大股で歩き出してしまったの
で、
ぼくは一瞬どきりとしてしまう。

野谷蔦けい 著