スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

桜並木のルルルララ (作者:野谷蔦けい)

桜並木のルルルララ 【2】

桜祭りが開かれる街路の範囲に、ぼくが通った中学校の前の通りも含まれ
ているというのが、
強いて言えば、わざわざぼくがここへやって来た理由なのだろう。
 
 三年も通い続けていたのだから、背後に建つ薄汚れた灰色のコンクリートの
箱も中に
詰まっている思い出は輝かしく、卒業式を終えても校舎に未練がある。もう二
度と訪れる
ことはないだろう、この校舎の見納めにはちょうど良い機会なのかもしれな
かった。

 たこ焼きの最後を口の中に押し込んだが、遅れすぎた昼食としては量が足り
ない。次の
獲物を焼きそばにすることに決め、ブルーのゴミ箱に向けてプラスチックの容
器を投げた時だった。

「よお、修一クン」

 チュニック丈のボーダーニットにスリムなジーンズ。にやりと頬を綻ばせた
宮越真紀が、
ぼくの視界の隅から突然に滑り込んでくる。

 二メートルほど離れた場所のゴミ箱に向けて、バスケ部仕込みの気取った手
首のスナップで
狙い澄ましたはずの容器の軌道は、真紀の横槍によってずらされ、地面に無様
に転がってしまう。

「ゴミ、入ってないよ。ちゃんと捨てなさいよ」

「はいはい、わかってる」

 真紀に鼻をくしゃくしゃにひん曲げてみせ、ぼくは落ちた容器を拾うと、つ
いでにそばに
落ちていたビニール袋まで拾ってゴミ箱の中に押し込んでやる。真紀は満足そ
うにぼくの様子を眺めていた。

「修一、何してるの?」

「何をって。見たとおり、お前の指図でゴミを捨てていたところ」

「あたま……だいじょうぶ?」

「あれだけつまらない受験勉強をもう一週間もしていないんだ。脳みそだって
びっくりしているはずさ」

「はあ……」

「別に、何もしていないよ。暇だったから一人でぶらぶらしているだけ」

「そうなら、そうと言いなさい」

「あたま」

「え?」

「花びら、くっついてるぞ」

「えー。あー、はいはい」

 今気がついたといった風に、真紀は上に目を寄らせて頭を軽くひと揺すりし
たあと、
髪に付いていた桜の花びらを右手で払った。

 ショートカットの毛先が街路を吹き抜けていく桜まみれの風にふわりと揺
れ、
差し込む木漏れ日が真紀の髪を薄茶色に照らし出す。

野谷蔦けい 著