スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

桜並木のルルルララ (作者:野谷蔦けい)

桜並木のルルルララ 【1】

 母親とつないでいた手を振りほどき、幼稚園児くらいの女の子が唐突に走り
出す。

 路肩にえいとしゃがみ込み、アスファルトと歩道との段差に溜まっていた桜
の花びらを
嬉々とした表情で両手にすくい上げると、女の子はそれを空に向かって思いき
りぶん投げた。
 
 女の子がわざわざ追加してやる必要などまるでない。
 
 それほどに十分な量の花びらが、既に頭上から舞い降りてきていた。
 
 女の子がほうった花びらは、桜並木の通りに流れ込むやわらかな風に乗り、
青い空の下
でふわりと舞い上がる。木々の隙間から差し込む、暖かな春の午後の光は桜の
花と女の子
の頬を鮮やかに照らし出す。

 だめ、ばっちいでしょ、そう母親が女の子を戒めた。

 叱られた女の子は不服そうに口を尖らすとそっぽを向いて踵を返し、母親か
ら逃げるよ
うにアスファルトを駆けていく。どんなに可愛らしく見えるガキにも、どうや
ら反抗期は
平等にやって来るらしい。
 
 母親がやれやれといった表情で女の子のあとを追いかけていくのを、ぼくは
校門脇の塀
に寄りかかり、少し冷めたたこ焼きを口に放り込みながら眺めていた。

 中学の卒業式以来、宙ぶらりんになっているぼくの身分も再来週には高校生
に変わって
いるはずだった。受験後の喪失感を伴なった、怠惰で気楽な三月はあっという
間に過ぎつ
つある。

 今日も暇をもてあましていたぼくは、毎年この時期に開かれる桜祭りに天気
が良いこと
も相まって、ぶらりとやって来ていた。

 桜吹雪をかき分けながら、ぼくの目の前を通り過ぎていく人の数は普段と比
べてやたら多い。 観光客がわざわざやって来るとは思えなかった。こんな
小さな街の一体どこに、
これほどの人間が納まっていたのだろうか。

 桜並木が続く通りの傍らには様々な配色の屋台が並ぶ。ぼくの視界に入るだ
けでもチョコ
バナナやお好み焼き、焼きそば、綿アメなどの文字が力強くその存在を主張す
る。鼓笛
パレードを終えた小学生も、衣装を身につけたままで無邪気に跳ね回る。

 小学生の頃には、ぼくもこのささやかなイベントを十分に満喫していたよう
に思えるが、
十五年も生きていればさすがにその感動も薄くなってしまうようだった。

野谷蔦けい 著