ひなたの窓はどこに (作者:仲野フレン)
ひなたの窓はどこに 【3】
「はぁ?!ふざけんな!よぼよぼのばばあになるまで宇宙にいろ・・・って・・・か・・・」
女が言うかいい終わらないかのうちに、背中に針を刺されたような痛みが走り、あっという間に全身から力が抜けていった。
「・・・ちくしょう・・・ふざけやがって・・・」
かすんでいく意識の中で周りの「シケンカン」たちが次々に倒れて行く音を聞いた。しかしその意識も瞬く間にとんで行った・・・。
女が気がつくと、狭い部屋に一人閉じ込められていることに気がついた。壁には円い窓があり、そこから自分の住んでいた惑星と、そこへ帰還するシャトル、そしてちりぢりばらばらに離れていく17個のカプセルが見えた。
「ちっくしょう・・・俺達は捨てられたのか・・・」
『おい、聞こえるか?』
壁から声が聞こえる。壁にはスピーカーが備えられていた。
『今から60年間宇宙をさまよえと言ったが、君たちにとってはおよそ3年間だ。今からそのカプセルはものすごいスピードで惑星から離れる。理論上君たちには3年、我々にとっては60年で、うまくいけばまた惑星に戻って来られるが』
と、鼻で笑ったような声のあとに
『そんな最低限の機能しかついてないカプセルで帰って来れると思うか?せいぜい幸運を祈るんだな』
と、笑うだけ笑ったあと
『その辺にお前たちが入ってるカプセルの操作マニュアルがあるはずだ。それでも読んで生き延びる手段でも考えてな。それからリュックサックの中には3年分の食料と、必要と思われる道具、それと、精神安定剤が入っている。それでも飲んで落ち着くなり、全部飲んで勝手に死ぬなり好きにしな。じゃあな』
という言葉を残し、通信はぶちっととぎれた。
「ちくしょう・・・ちくしょおおおおお!!!」
女は泣き叫んだ。壁を叩き、地団太を踏んだ。しかし何も起こらない。ただ惑星から離れていくだけだ。
「なんでだ・・・なんでこんな目に・・・」
泣くだけ泣いたあと、女は落ち着いたらしく、こう言った。
「絶対生きて帰ってやる。そして・・・母さんに会うんだ。頼む、60年待っててくれ、母さん」
自分自身に、そう言い聞かせるように。
***
女はカプセルの取り扱い説明書を開いた。と、ばらららららら、とものすごいスピードでページをめくり、本を閉じた。
彼女はものすごいスピードで本を読むことができる。これは他のシケンカンには見られない、彼女の特技だ。
そして自分の上半身ほどある大きなリュックサックを開いた。彼女が取り出しのは、手のひらに乗るほどの大きさのポータブルパソコンとケーブルだった。
彼女は真顔で淡々とつぶやいた。
「俺にパソコンを渡すなんて、ざまぁ」
彼女は嬉しそうだった。たとえ嬉しくても笑顔を作ることはできないが。
そして彼女は壁の一か所を押した。すると壁の押した一部がスライドし、ケーブルをつなぐジャックがあらわれた。それにケーブルを差し込み、もう片方をパソコンにつないだ。
「実行ファイルはこれだな・・・これを逆コンパイルして・・・うわぁ、こりゃひどい」
どうやら彼女はカプセルの自動操縦プログラムを見ているところらしい。
「これじゃ、戻ってこられるどころか、すぐに小惑星にぶつかっておじゃんじゃん。ひどいプログラムソースだな・・・ようし・・・」
と、彼女はものすごいスピードでタイピングし始めた。どうやらプログラムを改造しはじめたようだ。プログラミングに強いのも彼女の特技だ。
「よし、これで大丈夫だ」
彼女はほっと肩をなでおろした。
「3日に1回くらい誤差を修正すればいいだろう。これで生きて帰れる」
彼女はパソコンの電源を落とすと、ごろりと横になった。円い窓からは漆黒の闇に瞬く星々が見える。
「母さん・・・母さん・・・」
彼女はむせび泣いた。
ずっと彼女は孤独だった。
孤独から救ってくれたのが「母さん」だった。
しかし・・・また彼女は孤独になった。その現実が彼女を襲った。
「泣いちゃだめだ・・・泣いちゃだめだ・・・わかってるのに・・・」
彼女は泣きながらもまたリュックサックをまさぐった。精神安定剤と水をとりだした。一錠口に含み、水で流しこんだ。しかし涙がすぐ止まるわけではない。
「悲しいよぉ・・・つらいよぉ・・・つらいよぉ・・・」
女はそう繰り返しつぶやきながら涙を流した。そうしてしばらくたつと、女はとろとろと眠りに落ちた。
仲野フレン 著