スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【26】

■26

<プリシラ>

    ひゅうと音がした。後ろを振り返ってみると、ただ壁があるだけ。もう戻れないんだ。そりゃ夢だもの。醒めるだけ。

   「プリシラ、覚えてるかな? この部屋。」

    そう言われて見回すと、ほとんど暗闇に沈んだ部屋。左手の壁の天井のすぐそばに小さな細い格子。そこから月の光が差し込んで来て、中央の

   ピアノを照らしている。あの、老いぼれているけど、素敵な、何かドラマを隠していそうな、黒いピアノ。

   「もちろん、覚えてるよ。」

    何一つ変わっていないように思う。違うのは、今は懐かしさが増していること。

   「じゃあ、弾いてくれる? あの曲。」

   「あの曲?」

    私はルークを見て、それからピアノを見た。

    なんとなく弾くのがためらわれた。弾けないんじゃないか、という不安があるわけじゃない。元々あの曲はこのピアノじゃなきゃ弾けなかった。

   じゃあ、なんでこんな――怖いような気がするの?

    そこにあるピアノは、あの地下室のピアノに違いなかった。ただ何かが違う。何か悪いものが潜んでいるように感じる。

    ――せっかくの素敵な夢をこんなことでぶち壊すなんて。

   「うん、私弾くよ。」

    いざ、弾き始めてみるとなんてことはなかった。うまく弾けたし、気分も最高だった。さっきのはやはり気のせい、ということになった。

   「ありがとう。本当に上手だね。」

    ルークも嬉しそうにそう言ってくれた。

    すると、私達が来たほうの壁じゃなくて、その反対の壁にぽっかり穴が開いている。穴が開いているといっても、なんだろう? 壁に穴が開いて

   外の景色が見えているんじゃなくて、まったく別の場所つながっているといった感じだった。とても不思議。

   「さあ、行こう。」

    ルークに手を取られて、私はその穴の中に飛び込んだ。

ミツル 著