スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)
スパイダーの悲劇 【23】
<プリシラ>
ダイアナがクロリスに呼び出しされた、その次の日、今度は私が呼び出しされた。
「ダイアナの様子はどうだった?」
呼び出しっていっても外でお話するのよね。お庭の花を見てると落ち着くからかな?
「なんか、もうスパイダーの話はしたくないって。」
私はなんでもないというふうに答える。
「悲しそうだった? 嬉しそうだった?」
昨日のダイアナを思い浮かべてみる。
「悲しそうではあったような……。ホッとしたって感じかな。楽になったって言ってた。」
「そう、よかった。」
しばらく間が空いた。クロリスはそんなことを聞きたいわけじゃないだろう。私のことを聞きたいのだ。
「ちょっと、来てくれる?」
それで連れて来られたのが、小さな部屋。部屋の中央には、ピアノがあった。それ以外は何もない。まぁ、ピアノの前にイスがあるけど。
「プリシラはピアノをやっていたんでしょ? 弾いてみせて。」
「いいよ。」
ぜひ弾かせて! っていうぐらいだった。ピアノなんてずっと目にしていなかった。ピアノを見たら悲しくなっちゃうかなと思ったこともあった
けど、平気みたい。弾き方を忘れてないかな? もし、ルークに会えた時のために、練習しておいた方がいいかも。
――あの曲は弾けないんだろうけど。
白黒の鍵盤を見つめて思った。だけどきっと、ルークに会えたら思い出すよ。
指を鍵盤に乗せる、足を伸ばす。でも、なぜか弾く気がしない。どうしてだろう。お屋敷にいた頃はピアノっていうと楽しくて、勝手に指が動く
くらいだったのに。楽譜だってキレイに思い出せる。
弾く気がしないんじゃない。弾き方を忘れたんだ。でも、おかしいよ。弾き方って言ったって、すらすら弾けなくたって、ぐだぐだでもいいなら、
ただ鍵盤を叩くだけでいいんだよ。それさえできないなんて……。恐る恐る指を動かそうとしてみた……。
背筋に寒気が走る。鋭い視線を感じた。誰かが見てる。いや、たくさんの目だ。恐怖が霧のようにたちこめた。体が動かない。真っ暗になって、
自分の手元しか見えなかった。あの地下室と違って、月の光さえなかった。
一瞬、あの怖い夢が脳裏をかすめた。
「どうしたの?」
クロリスの声がして、私は現実に引き戻された。そこは修道院の一室にすぎなかった。さっきのは何だったの?
「もしかして、弾き方忘れちゃったとか?」
「うん、そうみたい。」
なるべく平静を装った。
「そっかぁ、残念だわ。」突然真面目な顔して言う。「まだ、スパイダーのことが忘れられない?」
えっ? ここで聞く? 私がルークにピアノを弾いてあげていたってことは知らないはずだ。
「忘れたくないもん。ダイアナだって忘れてはいないわよ。」
私はクロリスと話す時、こういうお話だと、自然と声が冷たくなってしまう。
「そうでしょうね。でも、一人で抱え込んでちゃよくないわ。」
「何を?」
わかっていたけど、わざとそう言った。
「スパイダーとどういうことがあったのか、話してほしいのよ。」
この言葉は今まで何度となく聞いた。
「いつも言ってるけど、いやよ。」
その時のクロリスは本当に悲しそうな顔をしてみせた。
「あなたのために言ってるのに。わかったわ、もう聞かない。」そう言って、部屋から出て行こうとした。
「ただし、辛い思いをするのは、プリシラ、あなただからね。」
ドアを半分開けて、こちらを振り返って言った。そして出て行った。
辛い思い? 何よそれ。結局ルークに会えるわけないじゃないってこと? それは想い続けることの辛さじゃない。想い続けることの辛さって
すてきなものだと思うけど。
ミツル 著