スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【21】

<プリシラ>

    聖フローラ修道院での暮らしはそれなりによかった。毎日同じことの繰り返しではあったけど。私はダイアナとおしゃべりしたり、修道尼達

   のお手伝いをしたりした。特に変わったことはないように思えた。いつも夕食の後にクロリスのお話を聞いた。おとぎ話みたいなものだったけ

   ど、おもしろかった。

    ある日のことだった。修道院に来てから一か月くらいたっただろうか。ダイアナがこんなことを言い出した。

   「あたしの声って汚いだろ?」

    私はどう言っていいか、ちょっと迷った。

   「まぁ、そうかもね。でも気にすることないわ。」

   「別に気にしてなんかない。ただ……」

   「ただ?」

    私達は修道院の庭に出ていた。相変わらず見事な庭園だった。どんな悲しみも忘れられるような場所だった。よく晴れた日は本当に気持ち良

   くなる。ルークにも見せてあげたいなって思ったこともある。それをダイアナに話したら「スパイダーは喜ばないよ。」と言われた。うーん、

   それはつまり、スパイダーはこういうのに慣れてないから逆に不安になるってこと? でも慣れればいいわけで……

   「あたし、よくあいつに歌を歌ってあげてたんだ。」

    初耳のことなので、私はちょっと驚いた。

   「あたしだって昔は――と言っても3か月くらい前のことだけど――こんな声じゃなかった。キレイな声だと、思ってた。あいつもキレイだっ

   て言ってくれた。」

    一体何があってそんな声になってしまったのだろう? スパイダーと離れ離れになったショックで?

   「あいつに会えなくなってからさ、こんなガラガラ声。なんでだろう?」

   「やっぱり、その子と会えなくなっちゃったからでしょ?」

   「そうなのかなぁ?」

    しばしの沈黙。ダイアナは歌を歌ってあげてたんだ。私はピアノだった。あのメロディーは全然思い出せなくなっていた。あの地下室のピア

   ノでならもう1度弾けるかな? あのピアノはもう捨てられちゃったんだろうな。そんなことを考えると、やっぱり悲しくなってしまう。

   「ねぇ、ダイアナ、あなたが歌ってあげた歌ってどんな歌なの?」

   「あの歌は、なぜかあいつの前でしか歌えなかった。それ以外じゃ全く思い出せないんだ。」

    私と同じだ。それなのに、私はダイアナに自分のことを話したこともなかったし、その後も話さなかったのだ。私とルークだけの秘密という

   気持ちが強すぎて。ダイアナとおしゃべりっていうのは、たいていスパイダー法に文句をつけているか、スパイダーは助けてあげないととか、

   そんなことを口で言っているだけだった。

ミツル 著