スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【20】

<プリシラ>

   「あたしね、この本の最初のほうは見ないで言えるよ。」

    ダイアナは自慢気に言う。この本とはすなわちスパイダー法が事細かく書かれたやつ。

   「すごーい。」私は感心して言う。「でも、どうして? こんなものわざわざ覚えたの?」

    するとダイアナは私に軽蔑の眼差しを向けた。え、私なんか変なこと言った。

   「あんたもスパイダーと仲良くなったから、ここに来たんじゃないの?」

    そう言われてハッと気づいた。クロリスが私みたいな子が他にもいるって言ってたけど、

   「ダイアナもスパイダーと仲良くしてたの?」

   「当たり前じゃん。」

    そんなつっけんどんに言わなくても。

   「私、スパイダーと仲良くなれる人なんか他にいないと思ってた。」

   「そうね、あたしもそうだったよ。」ダイアナはそこでふと本に目を落とした。「あいつのね、苦しみを少しでも理解できたらなって思ってさ。」

    あいつっていうのは仲良くなったスパイダーのことだろう。

   「でも、ルークは全然苦しそうじゃなかったよ。だから余計にかわいそうなんだけど。」

    私達はそれぞれの仲良くなったスパイダーについて話した。ダイアナは商人の娘で、癇癪持ちの父親の下でスパイダーが働かされていたらしい。

   それはさぞかし辛いだろう。ルークは一人でいることが多いみたいで、癇癪をぶつけられるなんてことはなかっただろうから。

   「今頃どうしてるだろうな、あいつ。」

   「ルークも、お屋敷から追い出されちゃったみたいだからなぁ。」

    しばらくお互いにもの思いにふけっていた。

    ルーク……。ルークがその後どうなったのか、誰も教えてくれなかった。多分どこかで働かされているんだろうけど、癇癪持ちの商人の家とかじゃ

   なかったらいいけど。できることなら、優しい子に会えればいいけど。でもそんなことはまずありえない気がした。

   「プリシラ、ダイアナもここにいたのね。お昼ができましたよ。」

    見知らぬ女性が現れた。食堂に案内されながら、私はここでの生活のことを考えた。

    食事の前に神様にお祈りをしなくてはいけないこと以外は、まぁ普通だった。食事がやけに質素なのはどうでもよかった。

    食事後、外で他の女の子達が自己紹介をした。みんな私と同じくらいか、1つ2つ年上なだけだった。ダイアナはここに来て一か月くらいらしい。

   他の子もスパイダーと仲良くしていたんだろうから、その話でもするのかと思ったらみんな普通の女の子の遊びを始めた。残されたのは私とダイア

   ナだけ。

   「クロリスが言ってたよ、」ダイアナが小さくつぶやいた。「ここにいると少しずつスパイダーのことを忘れちゃうというか、普通の考え方ができ

   るようになるんだってさ。」

   「それって、」私はぞっとしていた。「なんでスパイダーなんかと仲良くなっちゃったんだろうとか思うようになるってこと?」

   「多分。スパイダーとつきあいがあったなんて世間から見ればとんでもないことだから、あいつらも話したがらないんだ。」

ミツル 著