スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【18】

    ■18

     <プリシラ>

         お屋敷にもうルークはいない。そして私もいない。

         あの後、私はすっかり両親に反抗するようになった。ユナにもね。部屋に閉じこもって、ただルークのことを考えていた。

         しばらくすると、周囲の私に対する目が変わった。みんなうるさく「スパイダーのことなんか忘れなさい。」と言っていた。だけど、気づけば

        その言葉も聞くことがなくなった。「お嬢様は頭がおかしくなったんだ。」だってさ。そのほうがありがたい。みんな私のことをそっとしておい

        た。でも、私は頭がおかしくなんか、本当はなっていない。

         お勉強もせず、本ばかり読んでいた。いつの日からか、ルークのことを考える、それを避けるようになっていた。すっごく苦しくなるから。ど

        んなピアノにも一回も触っていない。地下室のピアノはあの後、すぐに捨てられた。思い出の地下室に足を運ぶこともなかった。

         ただ、1つだけ変わったことがある。私は普通に夜に眠れるようになった。あの怖い夢を見なくなったのだ。

        怖い夢を見ずに朝、目が覚めた時は驚いたし、ホッとした。もう二度とあの夢を見ることもないだろうって。

        その意味について深く考えたことはなかった。

         時が淡々と流れた。何をしていても楽しくなかった。何をしていても、というほどたくさんのことはしていないが。

         両親は多分そんな私を心配していたんだろう。こんな状態で将来どうなるのかと。それと同時に諦めていたんだろう。

         ルークとの別れから約三ヶ月後、私はどこかの施設に入れられることになった。

         父親に連れられて、汽車に乗り緑豊かな、人里離れた村にやって来た。駅から馬車に乗って、どこかへ向かった。窓の外を見ると、

        くねくねした道がある丘の上にお城みたいな建物があった。それがその施設。

         その門を通り抜け、建物の前まで行って馬車から降りると、淡く青い長衣を着た女性が現れた。

        「ようこそ、聖フローラ修道院へ。」

         そこは修道院だったのだ。フローラって花の神様の名前だ。確かに門からここまでの道の左右は美しい花園となっていた。

        ヒラヒラと蝶々が花の周りに遊び、蜜蜂がせっせと蜜を集めていた。木も植えてあってコマドリ達が集まっているようだった。

         何か本で読んだようなところだった。父親はその女性と二言三言話すと馬車に乗って行ってしまった。

        「プリシラですね。私のことは『クロリス』と呼んでください。」

         私はクロリスに手を引かれ彼女の部屋に案内されて、いくつかの質問をされた。

        「あなたがここに来たのは、あなたがスパイダーの男の子と親しくなったからですね?」

         机をはさんで私達は向き合っていた。私は様々な花の彫刻が施されたイスに腰掛けていた。

        その問いかけは「スパイダーとなんか親しくなってはいけません。」という感じはしなかった。


        むしろ優しく、私の気持ちを理解してくれてるように感じた。

        だけど私はすっかり人が信用できなくなっていた。だからしばらくじっと何も言わずにクロリスを見つめていた。

        「まぁ、正確に言えばスパイダーには男の子しかいませんが。」

         クロリスはそう呟いてさらさらと紙に何か書きつけた。スパイダーには男の子しかいない?

        「スパイダーはみんな男の子なんですか?」

         思わず私は訊いてみた。

        「ええ、そうよ。それよりプリシラ、あなたがスパイダーと接した時のことを教えてほしいんだけど、いいかしら?」

         そんなこと話すわけないじゃない。私、誰にも話したことないよ。だって、ルークと私だけの秘密だもん。私は黙っていた。

        「うん、私も話してくれるなんて期待してなかったわ。」

         クロリスはまたさらさらと紙に書きつける。

        「もしかして、スパイダーの目を覗き込んだりした?」

         ドキッとした。ルークと初めて会った日のことを思い出した。恐怖を秘めたあの目――。

        「そう。目が合っただけじゃなく、近くで覗き込んだことがあるのね。」

         クロリスは私の心を見透かしたように言った。ペンをさっと走らせて彼女は立ち上がった。

        「じゃあ、お部屋に案内するわね。」

ミツル 著