スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【16】

     <プリシラ>

         私はイスに座って、ピアノを弾く用意をした。気持ちは全然落ち着いてない。ルークが言ったことが、その不安をさらに大きくした。やっぱり、

        ある考えは頭の中をグルグル回り続けていた。

        「あの曲を、弾くね。」

         ただ一生懸命に、今まで以上に心を込めて弾いた。なぜか、今そうしないと一生後悔することになる気がした。

        だけど、今までみたいに楽しんで弾けなかった。楽しんでいるようなふりはした。

         ルークも不安そうな顔をしている。今日は私の足元じゃなくて、壁によりかかっていた。会ったばかりの頃の不安そうな顔じゃなく、

        私のことを心配してくれているようだった。



     <ルーク>

         今日は何かが変だった。大好きなあの曲なのに、気持ちよく聞けない。お嬢様が無理に楽しそうにしているからだ。

         僕があんな変なことを言ったから? だけど、今日のお嬢様は最初からおかしかったような気がする。

         今日は特別だ、とお嬢様はおっしゃった。何が特別なんだ? いつもと同じじゃないか。いつもの地下室。いつものピアノ。

        そしてまた、明日もいつものように……?……?……!?

         でも、どうして? 急に恐ろしくなった。この何気ないひとときが。

         目の前のお嬢様はピアノの演奏に集中していた。

         鼓動が勝手に速くなった。足元がふらつきながらも、僕はお嬢様に近づいて行った。




     <プリシラ>

         突然、ドキッとするようなことが起きて、ピアノを弾く手が止まった。

         ルークが背後にやってきて、私の肩に腕を回して……とにかく、私を抱きしめたのだ。その細い腕では考えられないくらい強く。

         私はびっくりして体を硬くしていた。ルークは何も言わない。

         私はゆっくりと手を上げて、ルークの骨のような細い指に触れた。

        「どうしたの?」

         一滴の雫が、ルークの頬から流れてきた。涙だ。ルークはまた泣いている。

        「お嬢様、」ルークは消え入りそうな声で言った。「お嬢様はどこにも……行きませんよね? ずっと、僕のそばにいてくれますよね?」

         私の考えていることがルークにも伝わってしまったようだ。私はその手を握り締めて言った。

        「うん、そうしてあげたい。」私はその先を言うのを一瞬ためらった。「でも、無理かもしれない。」

        「なぜです?」ルークは叫ぶように言って、私を離した。「イヤです! 僕はそんなこと……」

         ルークはわっと泣き出して、その場に崩れた。私はそばに行ってあげたけど、何をしていいかわからなかった。

        「もう、泣かないで。どうして急にそう思ったの? 私が……ルークと私がもう会えなくなるみたいなこと。」

        「……今日は特別だと、お嬢様はおっしゃった。お嬢様はずっとおかしかった。ピアノを弾くのも、楽しんでいらっしゃらなかった。楽しんでいる

        ふりをしていただけ。ルークはとても不安になった。………………。」

         ルークは独り言のように言った。そのルークはあまりに幼く見えた。ルークっていくつなんだろう? 

        わからないけど、今のルークは本当に小さい子のように泣いていた。

         私も泣き出してしまいそうだ。でも、泣かなかった。私が泣いたら、ルークはもっと不安になってしまうだろう。

        「ゴメンね、ルーク。ゴメンね。大丈夫よ。きっとそんなことにはならないよ。今日が特別なんじゃなくて、今日を特別な日にしよう。」

         私はルークの肩に手を置いて、顔を上げさせた。そしてその目をまっすぐに見つめた。

        「ルークは男の子なんだから、そうやってすぐ泣いちゃダメ。約束よ、もう泣かないって。ほら手ぇ出して。」

         私は左手でルークの右手を取って、自分の右手のそばに持って来た。ルークは不思議そうな顔してその様子を見ていた。

        「指切りげんまん、ウソついたら針千本飲〜ます、指切った。……ほら特別な日になった。ルークがもう泣かないって私と約束した日。」




    <ルーク>

        お嬢様はニッコリ笑って、今日を特別な日にしてくれた。僕も笑うことができた。

        何も言わずに、二人は見つめあった。“二人”なんて言ってしまっていいのかな?

        その時だった。二人だけの時間はそれで終わってしまった。

       「お嬢様、こんなところにいらしたんですか!」

ミツル 著