スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)
スパイダーの悲劇 【10】
<ルーク>
「あの曲は一体なんなんですか?」
食べ物を口にしても昨日ほど気持ち悪くはならなかった。お嬢様は僕の隣に座って話してくださった。
「あの曲はずーっと昔にね、誰かから教えてもらったんだけど、誰だっけ。ずっと忘れていた気がするな。」
お嬢様はそこで口をつぐんで、月の光が差し込む小さな格子のほうを見た。
「ここのピアノを弾こうとしたらね、勝手に指が動いてこの曲を思い出したんだ。もっとロマンチックなのがよかったんだけどね。」
いきなり振り向いたお嬢様は、僕の方をまっすぐに見た。だけどその表情はとてもぼんやりしているように見えた。僕は一瞬ドキッとして、
目を伏せてしまった。
「ルークはどう思う?」お嬢様は今度はくすくす笑っている感じがした。「ただの音楽じゃないよね。」
見ると、期待を込めた眼差しでお嬢様は僕を見つめていた。
「魔法のメロディーだよね。」
僕は何を言ったらいいか、わからなかった。
その後お嬢様は僕にいくつかお話をしてくださった。その多くがお嬢様が読んだ本のお話で、ご自身の感想を交えながら
聞かせてくださった。お嬢様はお話がとてもお上手だったけど、スパイダーの僕にはわからないことだらけだった。
でも、お嬢様が夢中で楽しそうに話してくれるだけで、嬉しかった。お嬢様に「どう思う?」と尋ねられても、お嬢様に合わせた。
お嬢様の考えが一番いいような気がしたし、それ以外の考えも思いつかなかったから。
幸せな時間だった。僕がスパイダーでよかったとさえ思った。
当然、やがては時間も尽きてしまう。短いようで、長かったような気もする。
「あの曲、他のピアノでもどうなるか試してみるから。また来るね。」
そう言って、お嬢様は行ってしまった。
あぁ、よかったね、嬉しかったね。今までにこんなことがあった? ルーク、君がスパイダーじゃなかったら、こうはならなかったろうね。
<プリシラ>
私はおしゃべり好きだからよかったんだけど、特に何も考えてなかった。あの曲のこと考えたら、なんか悲しくなっちゃったから、
関係ない話して紛らわそうとしたんだと思う。
あの曲は変だ。弾くたびに印象が変わるような感じ。教わった時は、もっと明るくてノリがよかったような…気がする。
今日は途中で終わっちゃったけど、なんとなく物哀しかったかな? よく覚えてないや。昨日は、昔からあるけど新しいものに、
不安と期待を膨らませている感じだった。
そんなに難しい曲じゃない。でも、初めて聞いた時は難しそうに聞こえた。
暖炉にはチロチロ炎が揺れていた。窓には深々と降る雪が当たっていた。茶色の田舎っぽい絨毯。悪魔がそれまでの罪を償うため、
人々に尽くすようになった、っていう絵のかかった壁のそばに、ピアノがあった。誰かがそのピアノを弾いて、私にあの曲を教えてくれた。
その情景が突然広がって、埃に埋まっていた古い本が見つかったように、思い出した。でも、その本は、誰が教えてくれた、
というところは、字が霞んでしまっているみたいだった。
ミツル 著