スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)
スパイダーの悲劇 【8】
<ルーク>
どこかで恐ろしく思いながら、またどこかで嬉しさを感じていた。もうそのことは認めることにする。真夜中になって、お嬢様は本当に
やって来た。ロウソクとイスを一つ携えている。ロウソクは昨日と同じようにピアノの上に置かれた。
「おはよう…? なんて挨拶すればいいのかな?」
お嬢様は地下室に入って来ると、そう言って微笑んでくれた。下を向かずお嬢様の方を見るのに昨日ほど苦労しなかった。お嬢様にはず
っと笑っていてほしいな。
<プリシラ>
ルークはちゃんとこっちを見てくれた。やっぱり不安そうな顔だけど。
私は持ってきた、黒くて背もたれもないシンプルな木製のイスをピアノの前に置いた。ピアノはやっぱり素敵で、こんなイスさえも輝か
せた。メアリー、私の世話係の一人なんだけど、彼女に使ってないイスを探して来てもらったの。これがそのイス。メアリーはイスを何に
使うかなんて全然気にしなかった。そういう人だから彼女に頼んだんだけどね。
「先に食べ物持ってきてほしい? でも私、ピアノが弾きたいの。」
<ルーク>
お嬢様は優しいな、と思った。そんなこと、スパイダーに聞く必要ないよ。というより聞いてはいけないよ。何にせよ、僕が食べ物を乞
うなんてことができるわけない。
「どうぞ、お弾きください。」
食べ物について、いるいらない、は言わないことにした。
<プリシラ>
そういうと思った。上の身分の人が、こうしたいって言ってるのに、食べ物めぐんでください、はいくらなんでも失礼でしょ。ルークみ
たいなスパイダーがそんなことするわけないよ。
「ありがとう。」
私はイスに座って何を弾こうか考えた。私がここに来たのは、一にも二にもこの素敵なピアノを弾きたいからだ。ピアノのお稽古は厳し
い先生の前で弾かなくちゃならなくて、その人は「間違えたら引っ叩くわよ!」って感じで私を睨むんだもん。私、ピアノは本当に大好き
で、まず間違えないけど、そんな状況じゃ楽しんで弾けないのよ。ここでなら楽しく弾ける。
「何を弾こうかしら?」
<ルーク>
お嬢様は問いかけるような眼差しで僕を見た。お嬢様の目には、ロウソクの明かりがゆらゆらと移って、パチパチと閃光が走っている
ようで、何を考えているのかまったくわからなかった。体が一瞬、だけど激しく震えた。僕はうつむいてしまって、力が入ってますます
白くなった自分の爪先だけ見つめていた。
お嬢様は何か僕に曲を答えてほしいんだろう。でも、スパイダーの僕が一体どんな曲を知っているというんだ? お嬢様はそれをわか
った上で、わざとあんな視線を向けるのか?
顔を上げてお嬢様の方を見てみると、お嬢様は変わらず僕を見続けていた。その目からは、スパイダーをからかおうなんてものは感じ
られなかった。
何考えてんだよ。お嬢様はそんな人じゃない。
「お嬢様、昨日お弾きになった曲を弾いてはいかがでしょう?」
思いきってそう言ってみた。なぜか僕は笑っていた。何か嬉しかったのかな? そういえば、最後に笑ったのはいつだろう? いいや、
笑ったのはこれが初めてかもしれない。
ミツル 著