スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)
スパイダーの悲劇 【7】
<ルーク>
フラフラと僕は床に倒れこんだ。ものすごく疲れたという感じがする。床の冷たさもこういう時にはちょうどいい。
僕はずっとお嬢様をもっと近くで見てみたいと思っていた。でも、僕はスパイダーなんだからそんなのとんでもないことだ。そう自分に言い
聞かせてきた。それなのに……さっきそれが現実になってしまった。しかもお嬢様自らここにいらっしゃった。
僕はどうしたかったんだろう? お嬢様がすぐそばまで来たのに、あんな様じゃないか。でも、スパイダーとしては当然のことだ。
僕はお嬢様に意見した。お嬢様は気になさらなかった。でも、それは罪。スパイダー法を犯したことになる。
僕はお嬢様に逆らった。食べろと言われてすぐ食べなかった。『お嬢様』はつけなくていいと言われたのにつけてしまった。それは罪。スパ
イダー法を犯したことになる。もし、そうしなかったとしてもそれはそれで罪。今日の昼にはお屋敷を追い出されるんじゃないか?
じゃあ、僕はどうすればよかったんだ? そしてお嬢様がまたいらっしゃったら、僕はどうすればいいんだ?
どうして僕はスパイダーなんだろう? どうしてスパイダーはこんなにも苦しいんだろう? スパイダーは上の身分の奴らと何が違うんだ?
突然、激しい頭痛がして何も考えられなくなった。頭の中で続けざまに痛みという爆弾が破裂していく感じだ。
痛みが引いたのは、いつものように掃除を始めなければならない時だった。僕は体の埃を軽く払ってから、地下室を後にした。
不安な気持ちで一日を過ごした。何事も起こらず同じように日は過ぎたけど、僕の心はおかしかった。
お嬢様の部屋に入る時、扉の取っ手に伸ばす手が震えてためらっていた。今までに感じたことのない寒気が僕を襲った。
――お嬢様のことを考えたくないから……なのか?
いや、違う。本当は僕はお嬢様のことを考えていたいんだ。昨夜は突然のことで動揺していたけど、本当は嬉しくて仕方がなかったんだ。
お嬢様のそばに行って、それで……。
ある恐ろしい考えが脳裏に浮かんだ――。
あの頭痛がまた襲って来て、その考えも消えた。僕はお嬢様の部屋に飛び込むとすぐに掃除を始めた。
<プリシラ>
なんて素敵な夜だったんだろう!
あの不気味さの中に、あの美しく神秘的なピアノ! 自分の部屋に戻って、私は考えた。
例えばこうよ。あのピアノを弾く女性にある男性が恋に落ち、二人は幸せに結婚した。けれど、男性は戦争で亡くなってしまう。二人がで会
った思い出が曲がある。女性は二度とその曲を弾くことはなく、ただただ朝も昼も夜も、彼へのレクイエムを弾き続けるだけ。そしてとうとう
ピアノを弾きながら、最期にあの思い出の曲を弾きながら、亡くなるの。
しばらく私は自分で作ったシナリオに惚れぼれとしていた。あれ、この二人の出会い方、私とルークの出会いにそっくりじゃない。
でも、私が弾いたあの曲はいい曲だけどそんなロマンチックじゃないし、ルークだってロマンチックじゃないわ。ある意味では、ロマンチッ
クになり得るけどね。
スパイダーが様々な苦しみを乗り越えて幸せになる。スパイダーなんだけど実はどこかのお国の王子様だったとか。それで、
親切にしていた女の子はお城に迎えられ、王子様は王様になって、女の子はその妃になって、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
って具合に。でも、ルークはそんな感じは全然しなかった。私が思ってたスパイダーと違ってたけど。でも、ああいうものなのかもね。
スパイダーっていう型に完全に作られちゃったのよ。本当にかわいそう。私ができるだけ助けてあげなくちゃ。
ミツル 著