スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

スパイダーの悲劇 (作者:ミツル)

スパイダーの悲劇 【1】

「スパイダー」とは、身分制度の中で、農民のさらに下に位置する身分であって、決して蜘蛛のことを指すわけではない。
                                  スパイダー法前文より抜粋


<ルーク>

地下室のピアノはちょっと老いぼれている。

地下室自体がほこりだらけで汚いから当然だけど。電気とかないし、どんな種類の家具もない。冷たくてなめらかな灰色の石の壁。

天井の方には蜘蛛の巣が張ってあったりする。こんな部屋だけど僕の部屋なんだ。

僕はスパイダーで名前は、ルーク。意味もない名前だけどね。スパイダーの名前なんか聞く人はいないから。僕は貴族のピレネー家
のお屋敷で働いてるんだ。
旦那様は多分、スパイダーにはお似合いだと思って、この地下室を僕にくださったんだろう。でもピアノのことについては何もおっ

しゃらなかった。僕が初めてこの部屋に来た時、入ってすぐ目の前にこのピアノがあってすごく驚いた。

このピアノはどうしてここに置いてあるんだろう? ずっと昔、このお屋敷で誰かがひいていたのだろうか? 壊れてしまって、こ

こに置いておいたのかな? それで、ずっと忘れ去られている。

でも、このピアノはまだ生きている。なんとなくそんな気がした。

部屋の隅っこにうずくまり、ピアノじっと見つめていると不思議な気持ちになってくる。この部屋は地下室だけど上2インチくらい

は地上に出ているようで、向こうの壁の上の方の小さな格子から月光が差し込んで来るんだ。それがピアノを照らし出して、ピアノが

美しく輝いて見えてくるんだ。でも、ただ美しいわけじゃなくて同時に切なかった。よく見ればやっぱり「ちょっと老いぼれてるピアノ」だった。
         
弾き手を失ったピアノ――。

ピアノは自分の弾き手を捜しているようだった。かつて一緒に様々な調を奏でた人を――。

僕が代わりになることはできない。怖くて触れない。僕が触ったら、僕みたいなスパイダーが触ったりしたら、このピアノは音もな
く崩れてしまうような気がするんだ。

――プリシラお嬢様ならできるんじゃないだろうか。

旦那様のお嬢様だ。僕はお嬢様のことを遠くからしか見たことがないけど、とても愛らしい人だった。マホガニーの髪でね、青い目

をしてて、肌は白くて、いつもピンクのワンピースを着てるんだ。僕と同い年くらいだと思うよ。

僕の仕事は主に掃除でお屋敷のすべての部屋を毎日やるんだ。大変と思うことはない。もちろん、お嬢様の部屋にも掃除に行く。お

嬢様の部屋には本がたくさんあった。全部物語の本だった。手に取って読んでみるなんて大それたことはできない。第一、僕は字が読めない。

だけど、何度もお嬢様の部屋に掃除に行くにつれて、お嬢様のことがわかった気がするんだ。お嬢様をもっと近くで見てみたいんだ。

僕は激しく頭を振った。何を考えているんだ? 僕はスパイダーなんだぞ。


ある満月の夜のことだった。その日の仕事が終わって地下室に戻ってきて、隅っこに座りこむ。僕は眠るってことをした覚えがない。

スパイダーは眠らなくても生きていけるように神様が創ってくれたのかもしれない。いつもと変わらずにピアノはそこにあった。

何かあったわけじゃないのに気持ちが高ぶっていた。指先がチリチリして、飛び出したいって感じた。飛び出す? どこから?

その時、上の方から足音が聞こえてきた。

ミツル 著