スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

僕のギター (作者:朱音)

僕のギター 【5】

聞き返す言葉は、震えてはいなかっただろうか。
どき、と心臓が高鳴ったのは、警告音ではなかったのだろうか。
足音と車のクラクションの大きさを比べたなら、
そしてその声とクラクションを比べたとしても、聞き取りにくかったから耳を澄ました。
大声で喋ろうとはしない弘樹に少しイラつきを覚えたが、
こいつの聞き取りにくい声ほど、重要性を含んでいるときがあるということを知っている。
一緒のときを過ごしてきた仲間だから。
今でもすげえ大事な仲間だと、少なくとも俺は思っているから。

「お前が音楽を止めたのは、もったいないって思うよ」


心がかき乱されるのは、無神経な言葉だから?
それとも、確信を突いた言葉だから?
それとも、俺が望んでいた言葉だから、なのだろうか。


大事な仲間だからこそ、心に響く重みは違ってくるのだろう。
現実を歩み始めたんだから、これ以上何も変わらないって言うのに。
それでも諦めきれずにギターを今でも抱えていることを、弘樹は知らないんだろう。
俺は上手く言葉を返すことが出来なくて、ただ喉が熱くて声が出せなくなってしまって、
反応が返ってこない俺を心配してか振り返った弘樹に「ありがとう」と返すだけで精一杯だった。

何もかも捨てる勇気なんてないくせに。
嬉しいと思ってしまう自分が嫌だった。
嫌なんだ、どうしてだろう。
こんなことで心がかき乱されるのは、どうしてなんだろう。
才能がないから諦めたのに、それなのにどうして自惚れさせて、
もう一度、なんて言葉を思い出させないで欲しい。


「俺、お前が作る曲が今でもすげえ好きだって思ってるからさ」


そうやって屈託なく笑う顔は、あのときと寸分も変わらない眩しさを秘めていた。
言葉を浮き彫りにするような、曇り無く澄んだ屈託の無い笑顔。
変わっていくものと変わらないものがあるなら、
過去はどうやっても変えることの無い財産としていつまでも残り続けるんだろう。

朱音 著