スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

地図にない国 (作者:彩香)

地図にない国 【8】

『じゃあ、お前はまだ、生きてるんだな。』
父親の言葉の意味がわかった。ここは死後の国だ。

やっぱり父さんは死んでいた。
僕は死んだの?
僕は死んでない。まだ死んでない。
僕は生きたい。

ハヤテは人々を掻き分け、門に向かって走る。

「門を閉めろ!今すぐあの少年を捕まえるんだ!」
シュラフは焦ったようにローランダーに伝える。ローランダーは頷いてから王宮に向かって走り去った。
「シュラフ様、なぜ執拗にあの少年を追いかけるのですか?」
兵士のような格好をした若者がシュラフに尋ねる。
「彼はまだこの国のものを身につけても、口をつけてもいない。このまま外に出られては、彼は死後この国を求めない。」
「あちらの世に、この国を訪れて正気のまま戻る人間が現われてしまうということですか?」
「そうだ。それだけは避けねばならぬ。わが国は、常に未知な国でなければならない。」
この国のものを身に着けたり、口に入れたりすれば、瞬く間に心はこの国に奪われる。まだ生きる可能性がある者さえも自らが死を望み、一度国から出て再び「生」を手に入れた者も心はこの国に虜になったまま。それが今、この国を求めない正気の心のままのハヤテが「生」を手に入れようとしている。

どんどんと増えて聞こえてくる足音。ハヤテは走りながら再び父親の言葉を思い出す。
『未練があったからだ。会いたい人がいたら、俺はこの国から出れたんだ。』

ナナ。
ナナ、君僕がいなくなったら一人なの?
ナナ、僕は君のことあまりよく知らなかったんだね。
ナナ、会いたいよ。あんな風に別れたまま僕は死ぬなんてできない。

ハヤテは泣きそうになった。ナナに会いたい気持ちだけが膨らんで割れそうだった。
きっとここで泣いたら、ナナは言うんだろうな。
「情けない男ねー。」
ハヤテは走りながらあたりを見渡した。なんとなく、ナナの声が聞こえた気がしたからだ。
後ろから迫ってくる人は増えるばかりだ。市場の人は不思議そうに僕を見ている。坂道の途中にある果物屋に真っ赤なスイカが並んでいるのが見えた。皮の色が真っ赤だが、スイカのような縞模様がついている。形はまるでハートのようだ。
「おじさんごめんね!」
ハヤテは果物屋の主人にそう叫び、張り切ってそのハート型のスイカを並べた。そして一気に、追いかけてくる人に転がす。スイカは変なスピンで転がっていき、迫ってくるスイカをよけきれず数人が転び、坂の下は将棋倒しのようにすごいことになっていった。かっこよく口笛が鳴り響く。果物屋の主人はおかしそうに両手をたたき口笛を吹いていた。市場はいつの間にかお祭りのようになっていた。彼らはこの緊急事態を飲み込んでいなかったのだ。

彩香 著