スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

地図にない国 (作者:彩香)

地図にない国 【4】

「起きて。寒いでしょう?」
頭の中に鈴の音のような美しい声が響く。
「起きて。体がとても冷えている。起きて。」
目を開けると、星がはじけるかのように目の前がぱちぱちと瞬いた。
「え?」
顔を上げれば、きれいな小麦色の肌をした二人の人間がハヤテの顔を覗き込んでいた。髪の毛は剃られ、耳に金の装飾品をつけて、見たこともない模様のつややかに光る布がふわふわと風に揺れていた。肩からかかり、そのまま体に巻きつけたこの布はどうやら彼らの洋服のようだ。
「誰?」
「を通りかかったものです。すぐ近くに私たちの国があります。」
「そこにあるトロピコの街は、とても美しいんですよ。おいしいご馳走や飲み物を用意させておきます。案内しましょう。」
「トロピコ?」
笑顔でうなずく二人に、ハヤテはすがるような口調で尋ねた。
「あなた方の国というのは、ガンダーラのことですか?」
「ええ。ご存じなのですか?」
「あの人が、あの人が一度だけ……。僕、この町を探してたんです。」
「そう、そうですか。」
声を聞いてみれば、一人は男で一人は女であることがわかった。寒そうに肩を震わせたハヤテに、女は微笑みかけ、彼らが身につけているものと同じ布をハヤテに差し出した。
「寒いでしょう。これを羽織れば暖かくなりますよ。」
ハヤテは首を振って、自分のリュックから分厚いコートを取り出した。
「僕、これあるから平気です。」
ハヤテはそんな薄い布を羽織るより、よっぽど暖かいと考えたからなのだが、男と女は顔を見合わせて少し変な顔をした。
彼らについて行くと、突然目の前が真っ白になり、あまりのまぶしさに目を細める。気づけば目の前に大きな門があった。
「さあこちらです。」
回りには城壁があり、彼らの言うガンダーラという国はその塀の中のことを言うようだ。先程まではなかったはずの国が目の前にある。ハヤテは少し不思議に思い、不安げに二人を見つめる。彼らは笑顔を見せ、門の中にハヤテを招き入れた。
塀の内側には、彼らと同じような姿をした人々が市場で買い物をしたり、話をしたりしている。二人の姿を見ると、笑顔で口々とあいさつをしてきた。遠くに王宮のような建物が見え、屋根が瑠璃色に輝いている。市場には色鮮やかな果物や野菜が並び、奥の屋台からは良い匂いがただよってくる。人々は、どうやら貨幣を払わず買物をしているようだ。まだ夜であるはずだが、なぜか空は昼間のように明るく、気温も暖かい。まるでここは楽園のようだ。

彩香 著