スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

消せなかった炎 (作者:彩香)

消せなかった炎 【5】

浩二の乗った戦闘機は、本当に古い型で、どうやっても敵軍を迎え撃つ前に壊れてしまいそうだった。
そしてその通りにエンジントラブルが起こり、浩二を乗せた戦闘機はまっさかさまに落ちていった。ほとんど操縦の聞かないハンドルを握りながら、何とかちいさな島に不時着し、浩二は一命を取り留めたのであった。
しかし、天皇の名の下で自分の身を投げ打って戦いに行ったはずの英雄が生きて帰ってくることなど許されなかった当時の日本は、このように特攻で生き残った若者を監禁し、人目につかないようにしていたのだ。
そのため、千代子が、浩二が生きていたことを知るはずもなく、二人はこの六十年同じ空の下で暮らしていたが、めぐり合うことはなかった。
運命のいたずらか、二人の愛が通じたのか。
お互い結婚もせずに、お互いのことだけを思いあっていた二人が六十年かけて、再びめぐり合ったのだ。

「僕のことは、忘れていいよと、言ったのになぁ。」
浩二は、震える声でそう言って、ぎこちなくおどけて見せた。
千代子は言いたいことがたくさんあったが、自分でも驚くほどに自然に、口から言葉が滑り出た。
「浩二さん。生きて帰ってきたのなら、千代子を浩二さんのお嫁さんにして。」
知らぬ間に、二人はあのときの若い二人に戻っていた。二人で、恥ずかしそうに微笑みあい、浩二はうん、うんと深くうなづいた。

あの雨が嘘のように止み、日が差し、雨雲が去り、今日の空のように晴れ渡ったのは、二人の炎が消えてしまわないと、誰かが二人に教えていたのかもしれない。


=完結=

彩香 著