スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

消せなかった炎 (作者:彩香)

消せなかった炎 【3】

千代子はうつむき、こぼれそうになった涙をそっとぬぐった。それからポケットから小さな紙を出した。
「これ、おまもり。」
「おまもり?」
「そう。私が浩二さんと小さいころに電話をしながら書いた落書き。」
千代子は浩二の手を取って、そっとこの紙を渡した。
いつの間にか雨はやんでいて、地面に落ちた傘はかすかな風に揺れていた。
「浩二さんと私の関係がずっと切れなかった証。だから、これを持っていれば、大丈夫。」
千代子は笑った。あたたかで、やわらかい、優しい笑顔だった。
あたりは明るくなり、雲の切れ目から、日の光が差してきた。浩二はそれを見上げて、切ないぐらいの笑顔を見せた。
「千代子さんが笑ったら、おてんとうさまも笑ったな。まるで、千代子さんはおてんとうさまだなぁ。」
千代子もつられて空を見る。
真っ青に染まった高く広い空。千代子は思わず言葉をこぼした。
「なんだか、今戦争しているなんて、嘘みたいね。」
千代子の声が鮮やかになる。無邪気な笑顔を浮かべ、浩二を見た。
「浩二さんと私は大きなお家を建てて、そこで二人で暮らすの! いつしか子供ができるわ。男の子と女の子。それで、」
浩二は千代子を抱きしめた。雨雲はひとつ残らずどこかに消えてしまった。
「浩二さん?」
「千代子さん、僕のことは、忘れていいよ。忘れていいから。」
「浩二さん。」
「忘れていいから、この空は、このときの空の色は千代子さんの頭の片隅でいい。残しておいて。」
千代子は目が熱くなるのを感じた。けれど、泣いてはいけない。
千代子は目をぎゅっとつぶり、浩二のぬくもりを全身で覚えておこうと浩二の体を抱きしめ返した。
浩二は千代子をそっと離し、微笑んだ。
「最後に見るのが、千代子さんの笑顔でよかった。」
浩二は大きな声で号令を唱え、千代子の前で敬礼をした。その浩二の背中はいつものようにピンと伸びていて、千代子は大きく息を吸ってから、笑顔で敬礼を返した。

彩香 著