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消せなかった炎 by 彩香消せなかった炎 【1】「千代子さん。僕は、君に会えることができてよかった。」 その時は雨が降っていた。 学徒出陣によって徴兵された浩二は、飛行予備学生出身で陸軍の士官であった。 恋人である千代子に突然そんなことを言ったためか、彼女は頬を赤らめて花のように笑った。 「浩二さん、突然なぁに?」 「うん。今日、先生に紙を渡された。僕含めて全員だ。そこには、熱望する・希望する・志願せずとあった。最初は志願せずに丸をつけた。けれど、中将殿じきじきにお言葉があり、わざわざここに足を運んでくださったと思うと、熱望せずに丸をつけずにはいられなかった。」 千代子はしばらく浩二を見つめていた。その頬には先ほどの赤みは消え、むしろ青白く血の気が引いていた。 「浩二さん、それって……。」 「うん。すぐにも出陣というわけではない。けれど、もうこれから簡単には会えない。これが、最後だと思う。」 千代子の真っ白な手は小さく震えていた。持っていた傘の柄をしっかりと握りなおしても、その手の震えは止まらないようだった。 浩二が「熱望する」に丸をつけたもの。それは陸軍特別攻撃隊、通称神風特攻隊といわれる攻撃部隊の志願書であった。 浩二は、とても美しい青年であった。背筋が伸び、笑顔がまぶしく、右目の下に2つ並んである黒子が、彼の優しい顔立ちをさらにやわらかくしていた。 千代子も、近所では評判の美しい娘であった。特に笑顔が美しいと、彼女に思いを寄せている若者も少なくはなかった。 そんな二人は幼馴染で、物心ついたときからお互いを想い合っていたというのだから、他人に邪魔ができるはずもない。 浩二は何も言わなかった。千代子の出方を待っているようだった。千代子はすっと息を吸う。衝撃で喉がカラカラに渇いてしまったせいが、静けさの中にヒュウという奇妙な音が響いた。 「それじゃぁ、千代子を浩二さんのお嫁さんにして。」 千代子はそう言おうと口を開いたのだが、心の中つぶやいただけで、口に出さずにやめてしまった。 学徒出陣が決まったとき、千代子は浩二に結婚を申し込まれていた。浩二は珍しく緊張していたようで、千代子が心配するほど顔が赤かった。 『浩二さん、お顔が真っ赤よ?熱でもあるんじゃないかしら。』 『千代子さん、千代子さん。突然で、申し訳ないのだけれど、何も言わずに、うなずいてほしい。』 『なぁに?言ってくれなきゃ、なんとも言えないわ。』 『千代子さん、僕と、……結婚してほしい。』 千代子はただでさえ大きい目を、こぼれんばかりに大きくさせて、それから奇妙な表情を浮かべた。 飛び跳ねて喜びたいほど、千代子にはうれしい申し出であった。しかし、千代子はそれを素直には言えなかった。彼女は、浩二の性格をよく知っていたからだ。 『いやよぉ。軍人さんとはいやよぉ。』 『……そうか。』 『浩二さん、ここで私がはい、なんて言ったら、安心して、戦場で死んでしまうわ。私、いやよぉ。一人で、待っているなんて、いやよぉ。』 『千代子さん。』 『だから、生きて帰ってきて。この戦争が終わったら、私、浩二さんのお嫁さんになる。』 浩二はうん、うんと、深くうなづいた。 『千代子さんのために、生きて帰ってくる。』 そう、言ったのだ。 彩香 著
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